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"逆境博士" ユーグレナ社長と考える、「前向き」をアシストする科学技術:山田真希子×出雲充

大谷翔平選手も大切にしているメンタル。「前向き」なこころには、すべての人の人生を輝かせ、成功へと導く力があります。ところが日本財団の調査では、日本の18歳は他国に比べて自信がないという結果が出ています。
科学技術は「前向き」に対して何ができるのでしょうか。
2050 年までに「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」を目指す研究プロジェクトを率いる山田真希子プロジェクトマネージャー(以下、PM)と、これまでいくつもの逆境を前向きに乗り越えてきた、株式会社ユーグレナ代表取締役社長の出雲充(いずも みつる)さんが、これからの時代に求められる「前向き」とは何か、それは日本をどう変えていくかを語り合いました。

山田真希子:国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所及び量子医科学研究所 グループリーダー (上席研究員)。2006年京都大学大学院人間・環境学研究科修了。2009年放射線医学総合研究所(現:量子科学技術研究開発機構)に入所。脳とこころの研究を続けている。2022年より、JSTムーンショット型研究開発事業目標9のプロジェクトマネージャー。
出雲充:株式会社ユーグレナ代表取締役社長。2002年東京大学農学部卒。同年、東京三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。2005年ユーグレナ社を設立、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤンググローバルリーダー、第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。2020年から経団連審議員会副議長。

「前向き」になれない日本の子どもたち

出雲:今回、山田さんと「前向き」についてお話しできるのをとても楽しみにしていました。最初に共有したい問題は、日本の子どもたちに「自分ならできる」といった前向きな精神が足りないことです。

私は起業家としてアントレプレナーシップ教育をすることがありますが、常々、日本の若者は 「セルフ・エフィカシー(自分ならできるという意識)」が低いと感じていました。それは私個人だけが感じていることではなくて、日本財団が定期的にグローバルで実施している18歳意識調査(※)でも、「自分で国や社会を変えられると思う」と答える割合が、ほかの国に比べてずっと少ないという結果が出ています。

ほかの国では8割くらいの子どもが「国や社会を変えられる」と自信を持っているのに対して、日本ではその半分以下です。これは由々しき事態で、日本の大人として現状を早く変えなくてはいけないと思っています。

山田:プロジェクトでは、「前向き」を概念化するためにさまざまな世代のインタビュー調査を行っていますが、実は、その回答からも子どもたちの「失敗を恐れてチャレンジを避けたい」という思いが見て取れます。例えば、「サッカーの試合でも勝とうと思わない」と答える子どもたちがいます。負けたときのネガティブな感情を経験したくないから、最初から予防線を張っているようなのですが……。普通なら、ちょっと無茶な行動をとるような年代でさえ “チャレンジ精神” を失っているように感じられますね。

出雲:そうお感じなのですね。多くの日本人はもともとネオフォビア(新しいものを恐れること)な気質を持っているといわれており、物事をコツコツ進めるのに向いています。日本が農業や自動車産業で成功したり、新型コロナウイルスの感染症対策がうまくいったりした背景もそういうところにあるのではないでしょうか。
つまり悪いことばかりではありませんが、このままではなかなか「起業しよう」、「大きな社会課題を解決しよう」、「ムーンショット型研究開発事業のようにイノベーションを起こそう」という気持ちになるのは難しいでしょうね。

精神的に豊かで躍動的な社会の実現には、前向きな人を増やさなくてはなりませんが、この点で日本は遅れています。日本の良いところを残しつつ、同時にイノベーションが必要とされる分野に関わる人や、若い人たちにはもっと前向きになってもらう。そうすれば日本はすごく良くなると思います。

山田:リスク対策をしつつ、前に向かおうというこころが備わることが重要だということですね。前に向かおうとする時には、特に「自分ならできる、 I can do it!」と可能性を感じられることが重要だと、私たちは考えています。
人には「自分は平均より優れている」「自分の未来にネガティブな出来事は起こらない」「自分は出来事をコントロールできている」といった「根拠のない自信」があるもので、これを心理学では「ポジティブ・イリュージョン」と呼びます。かつては、健康な人ほど正確に自分を捉えるはずだと考えられていましたが、実際には、健康な人ほど、ポジティブ・イリュージョンを持つことが知られています。不正確であっても、ポジティブな視点を持つことで、自分の未来に期待を持てるので、困難な状況でも前に進めます。

一方で、ネガティブな感情を抱かないために、逆境を全くなくして無苦痛な社会にしてしまっていいのかというと、そうではありません。生命を脅かすような苦痛は排除しなくてはなりませんが、メンタルの面ではそれが必ずしもよいとは限らないからです。

アインシュタインの言葉に「チャンスは苦境の最中にある」とあるように、逆境があるからこそ、人は強くなれますし、人生に輝きを感じられます。私たちはこのことを重視しているので、プロジェクトでは、逆境をなくすのではなくて、逆境の中でも前に向かおうとするこころの姿勢、「前向き」というものを獲得できる科学技術の開発を目指しているわけです。
人々に折れにくいこころを手に入れ、ピンチをチャンスに変えられるようになってほしい。その結果として、好奇心が育まれ、社会にも新しい発展や技術が生まれてくると思っています。

「前向き」の科学はどこまで明らかになっているのか

出雲:ゆくゆくは人々の「前向き」をアシストするために研究を推進されていらっしゃいますが、現在のところ科学的にどこまで明らかになっているのでしょうか。

山田:私は脳研究者なので、まず脳の仕組みを調べています。分子レベルでは、神経伝達物質であるドーパミンの受容体の量をPET検査で定量化することができます。このドーパミン受容体の量は多い人少ない人がいて、受容体の量が前向きな状態と相関しています。PET検査は1時間ほどかかりますが、今はMRIによる10分ほどの検査で前向きな脳の状態がわかるようになりました。MRIやPETなどは詳細なメカニズムの理解に役立ちますが、大掛かりな装置なので、誰もが日常的に使うことはできません。
今後はより簡便にこころを知る方法を開発するために、日常生活の中で身体のあり方から、こころのあり方を読み取る研究をしています。

例えば、自信があれば胸を張り、自信がなかったり落ち込んだりすると前屈みになります。身体の動作はドーパミンの影響を受けているので、姿勢と脳の状態をひもづけようとしています。

出雲:確かに、すごくへこんだ時などには体が縮こまりますね。あれは防御なんでしょうか。実は、微細藻類ユーグレナもストレスにさらされると丸くなることがあります。同じですね。

微細藻類ユーグレナの顕微鏡画像(画像提供:株式会社ユーグレナ)

山田:面白いですね。サルも背中を丸める姿勢になるんですよ。このように身体の状態からこころの状態を検知して、必要であれば介入する。例えば、前向きトレーナーを育成して、みなさんのこころを前向きにするためのサポートをしたいなどと考えています。

出雲:「前向きトレーナー」ですか。私は、これまでいろいろな逆境を乗り越えてきた「逆境博士」なので、すぐにでも前向きトレーナーになれると思うのですが、プロジェクトではどのように人々を前向きにしようとお考えですか。

山田:主体性が大事だと思っています。スポーツでドーピングに頼って好成績を上げても周りから評価されないのと同じように、「前向き」も自分の力で獲得することが重要だと思います。ですから私たちは、前向きそのものを与えるのではなくて、本人が自ら前向きになるのをサポートする方法を探っています。

図1 バーチャルな森林の中を歩行中の脳・生理反応計測実験場面

具体的な方法の一つに、体を鍛えるようにこころを鍛える“メンタルトレーニングジム”を考えています。例えば、トレッドミル(ウォーキングマシン 図1)と映像を組み合わせて、森の中を歩いているような体験をしてもらうとか、リズムを感じてもらったりすることで前向きになれないか、調べています。

出雲:この研究が社会実装される頃には、私も大事なプレゼンの前に、山田さんのメンタルアシスト法を実践しているかもしれませんよね。

山田:ぜひ、試していただきたいです。また、介入の仕方については、その人の年齢や生き方によって求められる前向きの要素や強度が違うことに、特に配慮しなくてはならないと考えています。

メジャーリーグで活躍する大谷翔平さんが高校生の頃に、目標シートをつくっていたことは有名な話ですが、その中にも、目標を達成するためにどんなメンタルが必要か書かれています。これと同じように、その人に適した前向きアシストをするために、私たちは、その人の目指すものにはどんな前向きの要素が必要かを示すための研究もしています。

これは、非常に難しい問題です。生涯を通してどのように前向きであり続けるのがよいのか、社会的な価値観や一般的信念に基づくスティグマや死生観などの考え方を踏まえた上で、このプロジェクトの中で発展させます。

このようにして必要な前向きの要素がわかり、足りない部分がどこかを科学的に定量できるようになって、将来的にはリアルタイムに前向きをアシストしたいと考えています。

出雲社長の“前向き”の秘訣

出雲:私は18歳の時、初めての海外で当時の最貧困国の1つであるバングラデシュに行ったのですが、そこで素晴らしい師匠と出会いました。ムハマド・ユヌス先生です。
ユヌス先生はグラミン銀行をつくり、バングラデシュの貧しい人々に無担保・低利子で融資をすることから始めて、今までに世界中で900万人以上の人たちの生活の基盤づくりを助けています。この、無担保で少額の融資を行うマイクロファイナンスの仕組みをつくった功績で、ユヌス先生は2006年にノーベル平和賞を受賞しています。

ユヌス先生と一緒に撮った写真やいただいた手紙を今でも大切にしています。それらを見ると、ユヌス先生が非常に困難な状況でも、いつも笑顔で頑張っていらしたことを思い出して「自分も頑張るぞ」と、前向きになる力をもらえるのです。

山田:困難な状況で何かを成し遂げている人がいると知って、「自分も何かできるかもしれない」と前向きな気持ちが生まれてくるというのは、とても参考になるお話です。
実は、研究成果をまとめて、「前向きの参考書」をつくろうと考えています。何をしたら前向きになれるかという手順のようなものを示したいと思っています。

出雲:プログラムの1つとして、「バングラデシュに行ってグラミン銀行でアルバイトしてムハマド・ユヌス先生のような方に会う」というのはどうでしょうか(笑)。思い返してみると、ユヌス先生に会うまでの私は、本当にちゃらんぽらんな人間でした。
「私は逆境博士だ」などと言いましたが、ユヌス先生という師匠がいたおかげで、実際には、自分が逆境にいると思ったことはあまりないのです。

山田:出雲さんのように、逆境を逆境と感じない、もはや、チャレンジとして楽しんでいらっしゃるのかもしれませんが、それは、実はとても大事なポイントだと考えています。特に最近の子どもたちや若者で見られるように、人には、結果がどうなるかわからない曖昧で不確実な状況を避けたいと思うこころの働きがあります。
ですが、逆境の中で前向きであるためには、ポジティブな視点も必要ですが、曖昧で不確実な状況に耐える能力も必要で、これは、ネガティブ・ケイパビリティと呼ばれています。ポジティブ・イリュージョンとネガティブ・ケイパビリティの両方が前向きに重要だと考えています。

それぞれが抱く大きな夢に向かって

出雲:ベンチャー企業の最大の醍醐味は、“Make a small early success in the hardest field.” というように、絶対に誰にもできないと思っていることで、小さくとも、最初の奇跡を起こすことです。それによって世界の人々を「自分たちにも、もしかしたらできるかもしれない」と「前向き」にする使命があると思っています。

そもそも私が会社をつくった理由でもあるのですが、成し遂げたいことが2つあります。1つは、100万人のバングラデシュの子どもの栄養失調をユーグレナ入りクッキーによってなくしたいのです。今バングラデシュでクッキーを配布している子どもはまだ1万人ですが、「自分たちにもできそうだ」と多くの国々が栄養失調の対策に乗り出すことでしょう。そうすれば世界の栄養失調をゼロにできるのです。

もう1つは日本におけるバイオ燃料の普及です。日本は資源のない国だと世界では思われています。その日本が環境負荷の低いバイオ燃料をつくって飛行機を飛ばしている。そうなれば、「うちでもやってみよう」と考える人々や企業、国が現れてバイオ燃料が普及し、地球温暖化対策につながっていきます。この2つが、私が実現したい夢です。

そして山田さんの研究プロジェクトが完成して、前向きトレーナーに鍛えてもらったアントレプレナー、チェンジメーカー、新しい若いリーダーが出てきて、課題解決のためにあえて難しいことに挑戦するような仲間になってくれたらと願っています。ぜひ、研究を成功させてください。

山田:私は起業家ではないので、科学技術を社会の中でどう生かせるかについては素人です。こうして出雲さんが目指している社会像に、このプロジェクトでの研究開発が貢献できそうだとお聞きしてとても嬉しくなりました。

ムーンショット型研究開発事業は、その名前の通り、アポロ計画のような前人未到でとても難しいけれども、実現すれば大きなインパクトをもたらす研究開発を目指しています。このような挑戦的な研究を進めていく中で、私たち研究者自身もいくつもの逆境を体験するわけですが、今日、出雲さんとお話ししているうちに、私たちの挑戦的な研究が社会で役立つ場面が見えてきて、より一層がんばろうと「前向き」な気持ちになりました。

「前向き」な気持ちを、「バラ色のメガネ」と形容することがあります。実際、私たちのプロジェクトのロゴもバラ色のメガネをテーマにしています。私の夢は、多くの人に「バラ色のメガネ」を通して人生をポジティブに見る力を提供し、それが好奇心や個人の成長、そして社会の発展につながっていくことです。社会にこの素晴らしい視点を広め、みんながより良い未来に向けて前進できるようにしたいと考えています。

※ 日本財団「18歳意識調査」
第20回 テーマ「国や社会に対する意識」(9カ国調査)
日本財団が2019年9月下旬から10月上旬にかけて、インド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、イギリス、アメリカ、ドイツと日本の17~19歳各1,000人を対象に、国や社会に対する意識を調査。

構成:池田亜希子
写真:盛孝大


関連情報

ムーンショット型研究開発制度とは(内閣府)

■ムーンショット目標9
「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」

■山田 真希子PMの研究開発プロジェクト
「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」

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