適応自在AIロボット群と共生することで実現できる、活力ある高齢化社会:平田泰久×落合陽一
日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、挑戦的な研究開発を推進する国の研究プログラム「ムーンショット型研究開発事業」は、実現困難ながらも実現すれば大きなインパクトが期待される社会課題を対象にしています。中でもムーンショット目標3では「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」することを目標に、さまざまなプロジェクトが採択されています。そのうちのひとつである研究開発プロジェクト「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」は、個々のユーザーや環境に合わせて形状や機能が変化し、適切なサービスを提供する適応自在AIロボット群の開発を目指しています。
本プロジェクトの詳細ととりわけ活用が期待される介護分野におけるテクノロジーの展望について、東北大学 大学院工学研究科 教授の平田泰久プロジェクトマネージャー(以下、PM)と、ムーンショットアンバサダーであり一般社団法人xDiversityを設立し高齢者や障がい者を含めた多様な人々の課題を解決するユーザビリティーを研究している落合陽一さんに話を聞きました。
筋斗雲(きんとうん)のように形を変え、意のままに動かせるロボットを作りたい
——二人の専門分野と、近年携わっている研究テーマをそれぞれ教えていただけますか。
平田:私は産業用ロボットの研究から人とロボットの協調をテーマにした研究まで、幅広い研究を行ってきました。学生時代は、複数のロボットを適切に協調させることで、重たい物や大きな物を、人が容易に運ぶことを可能とする複数ロボットの分散協調制御システムに関する研究をしておりました。このような人とロボット、複数ロボットの協調制御技術は、産業現場や生活空間での活用はもちろんですが、障がいを持った方の支援にも使えると考え、近年では介護現場で活用される福祉ロボットの研究に携わっています。
落合:僕の研究領域は計算機自然(デジタルネイチャー)です。コンピューターが社会に実装されていく中で再構築される環境は、新しい自然環境であると捉え直すことができます。それを踏まえ、たとえば素材研究としてメタマテリアルの研究をしたり、ホログラム研究において位相振幅の最適化をどう法則化するかなども研究したりしてきました。2017年頃から、より社会に役立つ研究をしたいと考え、AI技術の個人最適化技術と空間視聴触覚技術を融合させることで、心身の条件に応じて、多様な人々に情報を届けられるようになることを目指しています。たとえば視力に関係なく物が見える網膜照射技術の開発や、耳が聞こえない人が視覚と振動で音楽を楽しめるイベントなども行っています。
——平田PMが担当されているムーンショット目標3のプロジェクトの詳細について教えてください。
平田:我々のプロジェクトのタイトルは「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」です。ここで「群」と言っているのは、2050年にはさまざまな種類のロボットがたくさん世の中に存在して、誰もが社会のインフラとしてそれらのロボットを使えるようになる未来像を目指しているからです。
用途や人、環境に応じてうまくロボットを組み合わせ、ユーザー一人ひとりの人生に寄り添い、その人にとって一番適切な支援を提供することを考えています。すでに世の中で活用されているロボットにはヒューマノイドや歩行支援のロボットなど、色々なロボットがありますが、それらは形状も役割も固定しています。私たちがこれから作ろうと考えているもののひとつは、ロボット自体が人や状況に合わせて変形し、最も適切な形状や形態を取ってユーザーを支援する適応自在ロボットです。
——人や状況に合わせてロボットが変形するというのは具体的にどのようなイメージでしょうか?
平田:我々は「ROBOTIC NIMBUS(ロボティックニンバス)」という言葉を新しく作りました。皆さんの多くは『西遊記』などの物語に登場する「筋斗雲(フライングニンバス)」をご存じだと思いますが、ロボティックニンバスは雲のようにユーザーの体格や障がいの程度、またその用途に応じて、形を自在に変えていくことを想定しています。筋斗雲のように呼べば来てくれるし、乗ればその人の能力を拡張してくれる。人は自らの力では飛べませんが、将来ロボティックニンバスの力を借りれば、今までできなかった新たなことに挑戦できるようになり、究極的には飛ぶように移動することもできるかもしれません。そのような今までにない新しいロボットを作りたいと考えています。もちろん、さまざまな課題を乗り越えなければなりませんが、現在は用途に応じて柔らかくも硬くもなる素材や、その柔らかさをユーザーの状態に合わせて自在にコントロールできるメカニズムをどのように実現するかを考えています。また、人が頭に思い浮かべた意図を瞬時に反映して動作するためのシステム構築の仕方なども研究しています。
落合:有機的に変形するユーザーインターフェースは僕もよく研究しているジャンルです。非電源系の道具は臨機応変に、時にはかなり無茶な使い方もできますよね。身近な所では新聞紙を丸めて靴に詰めて湿気を吸収させるなど、形を変えて本来とは別の用途にも使ったりします。一方で電気を使う道具はそこまで自由な使い方ができないものが多いので、その観点では確かに今後開発のニーズがあるのではないかと思います。現状としては、たとえば小型かつ大量のロボット群がフォーメーションを変えることで全体として特定の形に変形するというものが考えられます。ただ、実現させるためにはバッテリーとエネルギーを動作に変えていくアクチュエーターの問題にぶつかってしまいます。
平田:おっしゃるとおり、筋斗雲のように軽くかつ大きな力が発生し、長時間駆動できるロボット(ROBOTIC NIMBUS)を作るためには、電池とアクチュエーターのブレイクスルーが必要となりますね。
落合:適応自在ロボット群はどのような形で人をサポートすることを想定しているんですか?
平田:適応自在ロボット群は過剰な支援を提供せず、ユーザー自身が持っている力をできるだけ引き出しサポートするものにしたいと考えています。たとえば高齢者介護など福祉の現場で使用するのであれば、目が少し悪くなった、あるいは足が悪くなって歩きづらいといった、ユーザーの困っている部分をロボットが支援しながら自立を助けることで「自分はまだまだできるぞ」という自己効力感を高めることにつなげられると思います。ロボットを使うことで、ユーザーの意識が変わり行動変容を起こして、より積極的に社会参画をしていくことで、社会全体を活力あるものにしていければと考えています。
落合:平田さんは足こぎ車いすCOGY(コギー)のプロジェクトにも携わっていましたね。
平田:はい。少し前の研究ですが、株式会社TESSと進めていた研究です。車いすに乗る人の多くは足が悪いから車いすを利用するわけですが、COGYは自分の足でこいで移動できます。パワーアシストなどがなくても、1度こぎ出すことができれば継続してペダルが回せるので、脚力が弱く重心のバランスを取る筋力が衰えた方でも走らせることができます。
ひとつ聞いた事例として、寝たきりになった方が「もう寝たきりだから何もしない」と塞ぎ込んでいたのですが、「もう少し元気になってほしい」と家族からCOGYをプレゼントされると、それに乗って外に出かけるようになったそうです。そうしているうちにCOGYがなくても、つえで歩けるようになり、最終的には旅行までできるようになったといいます。
つまり、その方はもう歩くことができないと思い込んで、心の中で自分自身に制限をかけてしまっていたんですね。少し訓練をすればそれほど時間をかけずに歩けるようになったかもしれませんが、意欲が下がってしまって、なかなか訓練に励むことができなかった。でもCOGYをポンと差し出され、それで自分の脚で移動ができたことで「ダメだと思っていたけど、まだ外に出られる」「もしかしたら次はつえを使えば歩けるようになるかもしれない」と自分の可能性をもう一度信じられるようになったのです。どのような方にもそれぞれに可能性はあって、その一押しをしてあげることで、意欲や自己効力感を高めることができるようになる。そうした、人の後押しをできるロボットを作っていきたいと思っているところです。
誰もが自己効力感を持てるテクノロジーを社会実装するために必要なこと
——落合さんは先ほどもおっしゃられた通り、身体的・能力的困難のある方が活用できるようなAI技術の個人最適化技術と空間視聴触覚技術の統合を目指して研究されていますね。研究にあたって介護現場をリサーチした際に、新しい技術の導入を進めていく上での課題はどこにあると思われましたか?
落合:実は技術以前の課題が大きいのではないかと考えています。たとえば介護施設で新しい機材を導入するよりも、人員を1人増やす方が経営判断として合理的だということになってしまう。これが、現在の介護医療の現場が抱える本質的な問題点のひとつだと思います。人員不足であることや介護保険制度などの問題から、事業所側も賃金を上げにくい。その結果、コスト最適化の面から新しい技術を導入するよりも人員の確保を優先してしまいがちです。そう考えると現状としては、ロボティクスの導入よりデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)を先に進める方が順番として正しいのではないかと思います。たとえば手書きで毎日記録している日誌や、日々の業務の連絡事項といったコミュニケーションの際に、チームツールを使う所は極めて少ないので、まずはそこからDXを導入することです。ただ、入浴介助をサポートするような目的特化型のロボットは導入が進んでいるようです。
——技術の進歩も大事ですが、介護をめぐる制度設計を考え直す必要もありそうですね。
落合:そうです。おそらく法律や制度を変えた方が早いと思います。今の制度では各事業所が払えるコストの範囲内で介護業務をロボットにやらせることは困難だというのが僕の考えです。そうしたこともあり、僕もメンバーとして参加している「全世代社会保障構築会議」では、税制と社会保障、就労の改革やプッシュ型の給付型制度などを包括的に整備することを提案しています。当初僕はムーンショット目標に係るビジョナリー会議の一員として、目標を定めることに協力していましたが、その際にロボットをあえて多めに提案したのは、少子高齢化社会でロボティクスの社会実装を推進した方がいいと考えたから。でも、先に解決すべき課題が技術ではなく法律にあったことがアキレス腱となりました。
平田:制度設計とは別の観点から私が感じている課題をお話ししますと、色々な技術自体は、すでにたくさんできているのです。落合さんがお話しされたように、入浴介助や人の起立を補助するロボット、スマートスピーカー、カーテンを開けたり家電を操作したりするボットなどはすでにあり、その一部は現場への導入が始まっています。しかし、それらの連携がまだうまくできていません。ユーザーは多種多様で、それぞれが考えていることや求めていることが違うので、既存のデバイスをうまく組み合わせてオーダーメードで人を支援していくことが必要ですが、そのデバイス間をうまく連携させることが今の課題です。ロボットやそれぞれのデバイスを一つひとつセットアップして運用するとなると、結局介護に携わる人がする作業が増え、労働のコストも上がってしまいます。
それに関連するもうひとつの課題は、デジタルデバイスに関する知識を持つ介護士がまだ少ないことです。スマートスピーカーやチャットボットなどを使えば、音声で指示してベッドの高さを変えたり、テレビのオン・オフを切り替えたりできるということを知らない方が非常に多い。ですから、今後は介護の経験も十分にあり、なおかつ最近のテクノロジーについてもよく知っている人材の育成をしていく必要があると思います。現在、世に出ている技術だけでもかなり多くのことができるので、まずはそれらを使える体制を整え、複数のセンサ・デバイス・ロボットを協調運用できるフレームワークを作ることが重要だと考えています。そこに、後からムーンショットで開発する革新的なテクノロジーを最終的には組み入れていければ理想的です。
落合:無線接続で動くハードウェアとソフトウェアのカスタマイズが現場の人はなかなかできないのも課題ですよね。ハードウェアはそれこそ養生テープでつないだりできますが、それに対してソフトウェアの厳格さが足かせになることがあると思います。
平田:今、チューリッヒ工科大学の研究者と一緒に、ソフトウェアを統一化することにも取り組んでいます。標準化までいけるかどうかわかりませんが、現時点では、少なくとも研究者レベルなら比較的簡単にデバイスとデバイスを接続できるようになってきました。これをもっと簡略化して介護施設の職員たちが「こういう時は、これとこれを組み合わせればいいよね」とその場で接続できるようにすることを目指しています。
——さらにGPT-3※1など近年発展がめざましい言語モデルや音声認識技術を活用すれば「こういうことをしたい」と口頭で言った瞬間に、すぐにプログラムに変換して実行してくれる未来も遠からず来そうです。
落合:おそらくGPT-4も近いうちに出ると思いますよ。(※取材は2月に実施)今すでにWhisperなどを使って、人の音声による命令でドローンやロボットを動かす事例が次々と発表されていますし、非常に興味深いと思います。僕は介護士が近い将来ChatGPTのようなジェネレーティブAIを現場で使うようになると思います。手続きを簡略化するDXは、そうしたテクノロジーを活用して簡略化すれば大幅に業務を効率化する可能性がありますね。
平田:そうですね。先日九州にある介護ロボットに関するニーズ・シーズ双方からの相談を受け付ける窓口の方たちにお話を伺ったのですが、利用者の方に直接触れあう直接業務と、様々な物品を運搬したり車を手配したり事務作業をするといった間接業務を仕分けして作業時間をモニタリングしたところ、間接業務が50%を超えていたそうです。つまりDXなどで間接業務をある程度補助できるようになれば、介護士の方は直接業務の方に集中できるようになるはずです。
——適応自在AIロボット群をはじめとする新しい技術が社会になじむために、ユーザー側にとって大切なことはどのようなことだと思われますか?
平田:以前に介護現場の方と話をした時にハッとさせられたことがありました。年を取ったり体の調子が悪くなったりしてから「このセンサーをつけてください」とか「このロボットを使ったらいかがですか」と言われても、利用者の方はあまり積極的になれないそうです。それらを使うことが自分の老いや衰退を認めることになりますし、自分の体調の悪化が可視化されるのを辛く感じてしまうからです。
一方で今の若い方や中年くらいまでの世代の方は、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスや、パーソナルモビリティーを日常的に使い始めていますよね。若い時から当たり前のようにそういうテクノロジーが生活の中にあって活用する習慣がついていれば、彼らが年を取った時も、それまで利用していた技術の延長線上にテクノロジーを活用した介護が、たまたまあるという感覚になり、自然と受け入れられるようになると思います。
落合:確かに。プロンプトエンジニアリング※2も、テクノロジーに慣れた世代であれば、年を取っても簡単にできるはずです。適応自在AIロボット群が社会実装されるような頃には、ジェネレーティブAIは今よりさらに進化しているでしょうし、手続的な作業をする必要もより一層なくなってくる。そうなれば、個々人が創造性を発揮できることに没頭するようになるのではないでしょうか。きっと誰でも絵を無限に描けるようになるでしょうし、3Dモデリングもできるようになる。プログラミングもたった二言くらい言えば、簡単にできてしまうはずです。希望に満ちあふれていますが、そうした世の中になるといいですね。
平田:私も落合さんの「老い」についての本※3を読んだことをきっかけに、2050年を目標に研究を進める上で、ロボットと共生する「老い」について改めて考えるようになりました。誰もがいつかは年を取って、だんだんと色々なことがやりにくくなったり、日常生活を送るのが大変になったりしていくものです。また、老いを迎える前であっても「自分も将来はそうなるだろう」と若干悲観的な気持ちで自身の未来を考えがちです。しかし、そこに何かしらのテクノロジーが入ることで、年を取った後も自己効力感を失わずに生きられるようになるのではないかと思います。
もうひとつ大事なのが、老後の人生の選択肢が増えていくのではないかということです。できることが減っていき自己効力感が失われれば、自ずと選択肢も減っていきますが、こうした技術が発展していくことで、むしろしたいことが増えていく時代になるのではないかと思います。それは積極的に外出して行動するだけではなく、本人が望めばムーンショット目標1のように、サイバネティック・アバターを使って社会活動に参加するという選択肢もありえるでしょう。それぞれの方が望む生き方や生活の仕方を実現できる時代が、ムーンショットの先の未来に作れるのではないかと。そのように老いていくことに対して前向きになれる世の中にできればと考えて、プロジェクトに取り組んでいます。
インタビュー・文:高橋ミレイ