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極端風水害に立ち向かうために 気象制御という新しい技術の開発へ

こんにちは。JSTのムーンショット広報担当、ニシムラです。

今回は、ムーンショット型研究開発事業として取り組んでいる9つの目標のうち、目標8『2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現』を取り上げ、この目標のプログラムディレクター(PD)である、理化学研究所計算科学研究センター三好建正チームリーダーへのインタビューをお届けします。

目標8では、複雑な大気の状態の制御を実現するためのシミュレーション技術を研究するとともに、制御手法の開発とその社会実装を行うことで、課題解決を目指しています。年々増える台風や豪雨の脅威に私たちができることは?なぜ気象の制御に挑戦しようと考えたのか? 日本科学未来館科学コミュニケーター保科優が聞きました。

三好 建正
理化学研究 所計算科学研究センター チームリーダー
ムーンショット型研究開発事業 目標8 プログラムディレクター


聞き手 保科 優
日本科学未来館 科学コミュニケーター

気象制御することで極端風水害に対峙する

保科 優(日本科学未来館科学 コミュニケーター):
「台風や豪雨を制御する」とは聞きなれないフレーズですが、どのようなことなのでしょうか。

三好 建正(理化学研究所計算科学研究センター チームリーダー):
例えば「ロケットの制御」を考えてみましょう。ロケットは、エンジン出力を調整するなどして人間の力で軌道を変えられますよね。しかも、単に軌道を変えるのではなく狙った方向にコントロールする、これがロケットの制御です。目標8では大きな災害を引き起こす可能性のある台風や豪雨を対象として、雨や風の強度を弱めたりして、被害が少なくなるように状態を変えることを気象制御と呼んでいます。

保科:これまで気象の制御は行われてこなかったのでしょうか。

三好:渇水の地域に雨を降らせるため、大気中に水蒸気の核となるものをまく、といったような気象改変(modification) はすでに行われています。我々が目指す制御(control) はこれとは異なり、30分~1時間先、あるいは何日も先の気象を望む状態に変えるために大気に介入を行うものです。状態のわずかな違いが大きな変化となってしまう気象のカオス性の程度が、台風や豪雨のような極端気象では大きく、予測が難しい。被害を出さないように制御するためには予測ができないと話にならない、これまで気象制御という発想が出てこなかった理由の一つがこれだと思います。

保科:ではなぜ今、気象の制御に挑戦しようと思われたのでしょうか。

三好:私は、シミュレーションに観測をつきあわせることでその「確からしさ」を高めるという「データ同化」を中心に気象予測の研究を行ってきました。その中でカルマンフィルタという、もとはロケットや電子回路の制御のために開発された技術を使ってきました。このデータ同化の技術がこれまで気象予測の精度を向上させてきましたが、これまで制御の側面では活用されてこなかった。ここに注目することで、気象制御が行えると考えたのです。また、カオス性を持つ気象に対する予測の「確からしさ」を、シミュレーションによって十分な精度で得るためには膨大な計算が必要です。そのためには高性能なコンピューターが欠かせません。日本では「富岳」をはじめとしたスーパーコンピューターが利用できる強みがあります。

工学的な手法とシミュレーションを組み合わせて実現へ

保科:目標8ではどのような方法で台風や豪雨を制御するのでしょうか。

三好:筆保プロジェクトマネージャー( 以下、PM) の研究テーマの一つは、飛行機などで台風の中に物質をまくことで、その発達を弱めるというもの。これは今までの気象改変でも用いられている手法ですが、雲を作る場所とタイミングをシミュレーションによって適切に選び、台風の成長を抑制しようというアイデアです。また、山口PMは豪雨を対象とし、海からの水蒸気をブロックするための洋上カーテンを作れないか、また洋上にある発電用の風車を使って水蒸気が集まるのを防いだり、風の流れを変化させたりすることで制御できないかなどを研究しています。

ムーンショット目標8 研究開発プロジェクト


保科:
ユニークな発想ですね。

三好:大気の状態を変えられる技術を持っている研究者や技術者は、このプロジェクトの参加者以外にも大勢いるはずです。でも、そうした技術を気象制御へ応用できると思っている人は少ない。だから、そんな人たちも巻き込んでいきたい。制御する手法がたくさんあると、状況に応じて有効なものを使い分けたり、組み合わせたりできるからです。

保科:実際に人の力で気象に影響を与えたとして、その結果はどのように評価するのでしょうか。

三好:気象にはカオス性があるため、将来の状態がどうなるかをぴたりと正確に予測することは不可能ですが、数多くのシミュレーションを行うことで、幅を持った予測、つまり確率的な予測ができます。制御の評価は、制御を行った結果が、何もしなかった場合では確率的に起こりにくい状態になったか、さらに、事前に望んだ状態とどれだけ近くなったか、を見ていくことになると考えています。

保科:実際の台風や豪雨への介入も行っていくのですか。

三好:2050年の気象制御実現に向けて、規模を徐々に拡大しながら技術の有効性と安全性を検証していく予定です。しかし実際の大気に介入を行うまでには、技術的にも社会的にも多くの課題を解決しなければなりません。澤田PM は、気象制御理論を構築しており、膨大なエネルギーを持つ台風を人間が扱えるような小さな力で変化させられる効率的な手法の提案や、さまざまなステークスホルダーが合意をとれるような気象状態を特定するための研究などを行っています。2030年頃には、数値シミュレーションや屋内実験で理論と技術の検証を十分に行い、まずは災害を引き起こさないような雲を対象として、実際の介入を伴う小規模な実験の実施を目指しています。

市民とともに新しい技術をつくっていく

保科:実際に台風や豪雨に人の力で介入することで、被害をなくせるのでしょうか。

三好:個々の現象に依存しますね。被害を全く出さないよう制御できる場合もあれば、予測が難しく状況やリスクを捉えるのが遅くなり、小さな制御しかできない場合もあり得ます。そのため完全に被害をなくすことは難しいのですが、雨を少し弱めるだけでも、被害が少なくなったり、避難までの時間を稼いだりといった効果を得ることができます。

保科:堤防などのインフラは不要にならないのですか。

三好:私たちは極端気象を完全になくすということは考えておらず、被害がなくなる程度に制御することを目指しています。たとえ予測がうまくいったとしても、気象制御だけでは被害を完全になくすには十分な効果が得られない場合もあります。このため、ダムや堤防などとの合わせ技による効率的な制御が重要になるでしょう。気象制御と既存インフラが連携した危機管理の手法を確立して安全な社会を実現したいですね。

保科:一方で、気象を制御することで起こる問題もあるのではないでしょうか。

三好:ある地域で気象制御によって災害被害が軽減されるとしても、その結果、他の地域に被害が生じてしまうというのは許されがたいことだと思います。無分別に台風や豪雨を回避しては、このようなことが起きてしまうかもしれません。また、意図せず渇水などをもたらす場合もあるかもしれません。このような副作用の可能性を十分に考慮し、地域間や国際的な合意を得て、きちんとしたルールのもとで気象制御を実施していく必要があります。

保科:気象制御が多くの人に受け入れられるためには、何が必要だと思いますか。

三好:オープンサイエンスとして国際的なコミュニティーの中で研究開発を進めていくとともに、気象制御について社会で議論していくことが重要です。台風や豪雨を制御できる技術がどういったもので、それを使えたらどうなるか、どんな心配があるのかということを、国内外のいろいろな人と一緒に考えていかなければなりません。社会の中でどのように、また、どのような基準で使うのかといったルールを作り上げていくのです。

保科:2050年に向けて、どんな社会を目指しますか。

三好:今後、気候変動が進み台風や豪雨災害は増えていくでしょう。科学や技術の力でできることはなんとかしたいです。災害という脅威から解放されるための手段を増やすために、気象制御を活用できるよう進めていきます。


『JSTnews』2023年4月号にも掲載されています
  An English version of this article is available on "Science Japan"




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