ある日、寝たきりになるかもしれない。そんな時のキャリアを考えたことがありますか?
2050年までに起こりうる社会課題を解決するため、JSTではムーンショット型研究開発事業を進めています。数多くの研究内容を、事業に直接関わりのない方々にも理解してもらうことは、とても重要ですが、とてもハードルが高いのです。
南澤孝太プロジェクトマネージャー(以下、PM)が率いるプロジェクトでは、課題推進者の吉藤健太朗さんほか、さまざまな方が参加する Cybernetic being meetup と題したイベントを渋谷の FabCafe Tokyo で開催、研究の現状や活動状況を報告しました。
ALSと闘いながら、困難や制約をネガティブに捉えるのではなく、全てをアドバンテージに変え、制約からイノベーションを生む
武藤将胤(まさたね)さん。2014年にALS(筋萎縮性側索硬化症:きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)の確定診断をうけて以来、闘病を続けながら、視線入力や音声合成、脳波など、さまざまなテクノロジーを駆使して音楽、ファッション、メディアアートなどの分野でクリエーターとして活動しています。また、ALS患者の当事者として重度訪問介護事業所の経営を行うほか、ムーンショットの研究者などとの、さまざまな研究開発にも参加。
身体を動かす機能が衰えていく中、「失った身体の機能の補完を超え、車いす、義手、義足と同じように、脳波でのコミュニケーションを実現するブレーンテックなどの技術が日常の当たり前の選択肢になる日が来るように」と、ALS患者として研究や実験に協力しているのです。
我々は誰かに必要とされたい。誰かを、何かを必要とし、必要とされることによって生きることができる
身体を動かすことができない寝たきりのメンバーなどが、OriHimeというアバターを使って接客を行っている分身ロボットカフェ DAWN ver. β。武藤さんもOriHimeパイロット(操縦者)の一期生でした。このカフェを運営するオリィ研究所長であり、ムーンショットの課題推進者 吉藤健太朗さんは「私たちも、いつか身体を動かすことができなくなってしまうかもしれない。その意味で寝たきりの障害者は私たちの先輩。だからこそ武藤さんに憧れの存在になってほしい」と分身ロボットや視線入力、ロボットアームなどの研究開発を進める背景を語ります。
吉藤さんがALSの患者と出会ったのは11年前。自身の不登校の体験をもとに孤独解消を目的としたOriHimeを使って「彼女になんとか外に出てもらおう」と考えたと言います。「私たちは、誰かに必要とされたい、誰かを必要とし、何かを必要として何かに必要とされることによって生きることができるのです。私たちが目指している世界というのは、体を動かすことが難しくなかったとしても、仲間と共に働き続けられる、そんな社会なのです」
ALS患者の武藤さんが必要とするからこそ、研究開発に力が入る
東京大学の荻野幹人さんは、不自由になってしまった腕の代わりに、脳波を使って動かすロボットアームを使う研究に取り組んでいます。脳内にセンサーなどをつける侵襲型と違って、安全で安価で高速というところが利点な脳波。今回、武藤さんとは、事象関連電位(ERP : event-related potential)という手法を研究開発しています。脳波を使って、身体的制約にとらわれず互いに繋がる世界の実現を目指しているのです。
脳波は、身体が不自由になった方のためだけでなく「介護の現場では、感情を推定するという使い方をしているところもある」と荻野さんは言います。「介護施設でコミュニケーションが取れなくなってしまった人を介護する時に、脳波計で感情を読み取ることで、何に反応があるのか、ないのか、嬉しいと思っているのか、いないのか、などが分かり、介護してる側が助かるっていう声がすごくあるのです。また、教育現場では、例えばLとRの発音が聞き分けられない人が、LとRを聴きながら脳波を聞き分けられる方向に意識するだけで聞き分けられるようになるという研究もあります」
研究にかける挑戦は、未来を変える
荻野さんは、脳波による、選択肢数を上げる。スピードを上げる、精度を上げる、の3つに挑戦。「今、3択の精度は90%なのですが、10秒かかってしまう。これはとっても長い。5秒、3秒縮められないかとチャレンジしています」これには個人に対する特化を行うことがキーワードになるとのこと。
武藤さんは「限界というのは、自分が限界を作ってしまった時に初めて生まれると考えているんです。だから僕らは、仲間たちとこれからのテクノロジーとクリエーティブの力で、あらゆる限界を超える挑戦を続けていきます。
僕らの人生は未来を信じて挑み続ける限り限界なんてないと信じます」
最後に吉藤さんは、「私は、ミッションっていうものがすごく大事だと思っています。テクノロジーの世界にいると、こんなこともできるんだ、こんな論文が発表された、とか……に目がいってしまう。もちろん、それも大事なんだけれども、『これが出来なくてマジで困っていて、でもその声が顕在化されていない』そういったものに価値がある時代だと思っているのです。
というのも、自分の可処分時間は限られているし、私たちの寿命って短い。その中でできること、成し遂げられることって、せいぜい1個か、2個くらいしかない。それに、どれだけ集中できるか?そこにみんなでタッグを組みながら研究を進めていけたら、次の世の中は、もう少し良くなっていくんじゃないかなと思っているのです」
さいごに
今回のMeetupイベントを通して、研究開発の中身もさることながら、それを進める意義や、そこに携わる研究者の、失敗を恐れない挑戦が新・未来をつくるのだ、とあらためて確信しました。
関連情報
■ムーンショット型研究開発制度とは(内閣府)
■ムーンショット目標1
「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」
■南澤孝太PMのプロジェクト
「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」
■吉藤さん インタビュー動画『未来を訊く』