器用で賢い「AIロボット科学者」が人間のパートナーになる日:原田香奈子×池上彰
手先の器用さや長時間労働が求められがちな科学研究の現場。
AI ロボットを「賢く、器用な科学者」に育てることで、そうした現場の制約を取り払い、研究者になりたい人は誰でも研究者になれる未来を実現したい――原田香奈子プロジェクトマネージャー(以下、PM)はそう考えて、「人と AI ロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓」というプロジェクトに取り組んでいます。
原田 PM が実現を目指す「AI ロボット科学者」とはどんなものなのか、どのように実現するのか、実現したときの科学研究はどうなるのか――ニュースの本質をわかりやすく独自の視点で伝えるジャーナリストであり、科学技術への関心も高い池上彰さんが、原田 PM に鋭く切り込みます。
実験を繰り返す中で賢くなるAIロボット科学者
池上:2050年に向けてどういうビジョンをお持ちなのですか。
原田:私たちのビジョンは、人間の科学者の新しい目や手となって、いっしょに科学を探求してくれるAIロボット科学者をつくることです。未知のウイルスにさらされるとか、人体に有害なガスが充満しているといった、人間にとって過酷な環境でも、ロボットは働いてくれますし、人間の手ではできないような微細な操作も実行できます。それだけでも科学者を助けてくれますが、私たちは、そういうロボットの「体」に、AIの「頭脳」を合体することで、自律的に動けるロボットをつくりたいのです。
池上:「自律化」が重要なのですね。
原田:はい。自律化とオートメーションはまったく違います。
工場のオートメーションはばらつきのないものが対象で、人間が最初にプログラムをつくっておけば、ロボットは何万回でも同じ動作を繰り返します。しかし、生命科学の実験では、対象となる生物に微妙なばらつきがあります。そういう場合、同じ動作の繰り返しでは対応できませんし、事前に人間がロボットにすべての動作を教えることもできません。ロボットが実験を繰り返す中で、自ら考えて賢くなってどんどん上手になっていく必要があります。これが自律化で、独り立ちのようなイメージです。
池上:それはディープラーニングがあるからできるということですか。
原田:ディープラーニングを使ったAIがあるからできることです。
実際の装置を見ながらご説明しましょう。このロボット・プラットフォームは私たちが開発中のもので、さまざまな生物モデルに微細な実験操作を行うことを目指しています。ロボットが、いかに生物の微妙なばらつきに対応できるかをわかりやすくお見せするために、今は、いろいろなサイズの卵の薄皮を傷つけずに殻だけを削る操作を見ていただいています。
人間なら、大きな卵でも小さな卵でも測らずに、一つ一つの卵にあった動きをして削れるのですが、従来のロボットにやらせようとすると、毎回卵の丸みや殻の厚みを測らなければ削れません。また、人間なら、何回か経験するうちに「ドリルの音が変わったら貫通しそうだ」とか、「白い部分が見えてきたら薄皮が近い」といった、文字や数字では表現しにくい勘やコツを身につけていきますが、ロボットにこうした勘やコツを授けることは従来のアプローチではできません。
そこで、この装置では、まず、ロボットアームを人が操作して、ロボットに卵の微妙なばらつきを体験させています。そのときの画像や音、力などのデータをロボットの頭脳であるAIに学習させることで、卵の丸みや殻の厚みなどにばらつきがあってもロボットが一つ一つの卵に合わせた動きをすることができるようになります。
池上:なるほど。ロボットが手を動かし、五感を働かせることで賢くなっていくんですね。
原田:はい、そうです。人間は生まれたときから頭脳と体がつながっているので、頭で考えたことを体を使って試し、その結果を頭脳に戻すという試行錯誤をしながら賢く、器用になっていきます。それと同じことを、ロボットにもやらせているということです。
ただ、こういったロボットは、一人で全部はつくれないので、機械工学、AI、数理の専門家、さらにユーザーとなる科学者を集め、いわゆる「総合知」(※1)で研究開発を進めています。その際、単に異分野の研究者を集めるのではなく、互いに刺激し合えるような分野の人を選んでグループをつくるといった工夫をしています。
池上:それがプロジェクトリーダーの役割なのですね。
原田:はい。こうしたマネジメントには、私がいろいろな場所で働いてきた経験が生きているように思います。
誰もが科学者になれる道を開く
池上:私は東京工業大学で教えているのですが、午前1時ごろに研究室を出ても、キャンパスの中には大勢の学生がいます。理系の研究者は長時間労働が当たり前のようになっていますが、原田さんの研究は、結果的にそういう研究者の働き方改革にもつながりますね。
ブラックな職場を少しでも改善することが、結局は人材が集まることにもつながるし、「子育てをしながらでもちゃんと研究できますよ」という環境づくりができれば、女性も増えますね。
原田:おっしゃる通りです。
池上:ノーベル生理学・医学賞を受賞された山中伸弥先生は手術があまり上手ではなかったので、臨床医ではなく研究者になったそうですが、当時こういうロボットがあったなら、山中先生もiPS細胞の研究をせずに、そのまま臨床医になったかもしれませんね。
原田:そうですね。科学者になりたくても不器用なので諦めてしまう人はけっこういるので、こういうロボットができれば、そういう人も夢を諦めなくてよくなります。また、将来的には、医師や科学者だけではなく芸術家でも研究に関われるようになるだろうと思っています。
池上:そうか。それはありえますね。
原田:科学のことはまったく知らないけれどすばらしいひらめきがある人が、ロボットに「これを試してみたら」と提案すると、ロボットが試してみる――そんなふうに、自分の身体や知能の限界を超えて夢を追求する未来が実現するといいなと思っています。
池上:月にロボットを置いてくれば、地球からコントロールすることもできますね。
原田:もちろんです。でも、私たちは、人間が遠隔操作しなくても、ロボットが自分で考えて月で作業できるようにしたいのです。
少しご説明すると、料理には、メニューを考える段階と、それをつくる調理の段階がありますが、科学実験にも、どんな実験をするかを決める段階と、その実験を実行する段階があります。先ほどのロボットアームは調理をするAIで、より器用なものにしようとしていますが、私たちは、メニューを考えるAIも賢くしようとしています。両方のAIがあれば、人間が事細かく指示を出さなくても、前もって情報が得られないような未知の環境でも、ロボットがどういう実験をするかを決め、器用に実行してくれるようになるはずです。
さらに、私たちが目指しているのは、人間の科学者といっしょに研究するロボットですから、ロボットが「自分が何をしているか」を人間がわかるように説明できるようになってほしいと考えています。
AIロボット科学者の社会実装に向けて
池上:それがほんとうの自律化というわけですね。でも、そうなると、自律型ロボットが暴走するのではないかという心配が出てきますね。
例えば、人間の医師が手術を失敗すればその医師の責任が問われますが、自律型ロボットが何か失敗した場合にはどうするのですか。そういう場合の倫理性をどう担保するのかという議論は行われているのでしょうか。
原田:もちろん行われています。私たちのプロジェクトに限らず、ムーンショットのプロジェクトには、ELSI(※2)の研究者が加わっており、先端技術を社会に導入する際にどのような課題が生じるか、それをどのように解決していくかについて、研究開発を行う研究者と議論を重ねています。
私自身は、ロボットの機能を抑えることが必ずしもよいとは思っていません。例えば、科学者が実験すると体調を崩すかもしれない場合は、失敗する可能性があってもロボットを選びますよね。ですから、人類にとって最もよいルールをどう定めていくかを研究しなければならないのです。
自律型ロボットを少しずつ社会に導入していくと、事前に「こういう倫理的問題が生じるだろう」と予想した範囲を超えて、さまざまな問題が出てくると思います。それらの一つ一つに対して、ELSIの研究者と私たちが両輪となってルールを定めつつロボットを活用していく。そういう方向性が大事だと思います。
池上:それを聞いて安心しました。でも、ロボットが自律型になると、職場が奪われるという話もありますね。科学研究の現場はどうなりそうですか。
原田:その点については、どういうロボットをつくるかというところが大事だと思っています。私たちは、「人間を置き換える」ロボットではなく、「人間にできないことをやる」、あるいは、「人間がやりたくないことをやる」ロボットをつくるというアプローチをとっています。人間はこれまで通りやりたいことをやるので、人間のやりたい仕事はなくならないと考えています。
池上:そこは大丈夫ということですね。
原田:「そこが大丈夫なロボットをつくる」ということです。私たちは、「AIはどうなる」、「ロボットはどうなる」と心配する側ではなく、AIやロボットをこうつくるんだと決める側ですから、人間のやりたい仕事がなくならないようにロボットをつくります。
池上:なるほど。ピーター・ドラッカーは「未来を予測する一番よい方法は、自分が未来をつくることだ」という有名な言葉を残していますが、まさにそれですね。
原田:はい、その通りです。
池上:そうすると、構想力が問われますね。目先の「こんなものがあると便利だ」というレベルでは済まされないですね。
原田:ムーンショットプログラムはすべて、2050年に向けた大きな構想のもとで研究開発を進めています。ただし、構想自体、今考えられることと10年後に考えられることは違うかもしれません。構想自体も走りながら考え、研究開発内容を柔軟に変化させていく必要があると思います。
AIロボットが人間を進化させる
池上:もう一つ心配なのは、こんなにすごいロボットができて、人間ができないことややりたくないことをどんどんやってくれると、それに頼っているうちに人間の能力が失われてしまうのではないかということです。
原田:確かに、人間の能力で衰えてしまう部分はあるかもしれませんが、逆に進化する部分もあると思っています。例えば、コロナ前と今とでは、オンラインのコミュニケーション能力が上がった方が多いと思います。人間の脳にはそういう可塑性というか、適応力があるのです。
池上:そうか。人間ができないことをやるロボットと付き合うことによって、人間の能力が新たに開発されて成長する。そういう「化学反応」が起きるというわけですね。それはとてもおもしろい。
原田:まさにそれが、プロジェクト名に入れた「共進化」です。
私たちは、ロボットが進化すれば人間も進化するはずだと考えています。ロボットからひらめきを得て人間が進化することもあるでしょうし、ロボットが発展し人間の役割が変わっていくなかで人間が進化することもあるでしょう。ロボットだけが発展して人間がそのままということは絶対にないはずです。
池上:なるほど。それで先ほど「ロボットに説明能力を求める」と言われたのですね。ロボットが何を考えているかわからないブラックボックスでは、共進化もかなわない。だからこそ、ロボットの考えの「見える化」が必要になるというわけですね。
原田さんの発想はほんとうにおもしろい。このプロジェクトには無限の可能性を感じます。
原田:ありがとうございます。夢はたくさんあるので、ちゃんと現実にできるようにがんばります。
構成:青山聖子
写真:盛孝大
関連情報
■ムーンショット型研究開発制度とは(内閣府)
■ムーンショット目標3
「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」
■原田香奈子PMの研究開発プロジェクト
「人とAIロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓」