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VRを使った新しい脳科学 ~リアルタイムで神経ネットワークを読み解く~

初めまして。ムーンショット目標9を担当しているヨッシーと申します。
ムーンショット目標9では、「2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動する社会を実現」を掲げ、マウスからサル、ヒトまでを対象とし、こころの可視化と遷移技術に関する幅広い研究を行っています。
この度、本目標の神戸大学大学院 医学研究科 教授である内匠透プロジェクトマネージャー(以下、PM)のグループから、マウスの脳活動をリアルタイムに計測するVRシステムを独自に立ち上げたという論文が報告されました。この内容について、内匠PMに話を聞きました。

内匠 透:神戸大学大学院医学研究科 教授。1990年京都大学大学院・医学研究科博士課程修了。医学博士。「こころ」の実体を求め、動物や細胞モデルを研究対象として、分子から細胞、神経回路、さらに行動まで幅広く取り扱い、自閉症やストレスレジリエンスに関する研究を進めている

ヨッシー:今回発表の論文では、マウスのVRシステムを独自に作られたということですが、これにはどんな思いが込められているのでしょうか?

内匠:VR(バーチャルリアリティー)といえば、ゴーグルタイプのヘッドセットを装着して映像を見ている姿を思い浮かべると思います。VRは視覚的な没入体験を与えることができ、あたかもその作り出された世界に存在する感覚を作り出すことができます。空間的な情報を作り出せるのはもちろんのこと、アバターを使ったコミュニケーションを行うことも可能です。しかしながら、人と人の社会的なコミュニケーションをVRで行うような環境づくりは、まだまだこれからの技術といったところです。最近では神経科学にもVRが使われていて、マウスに迷路課題を解かせているときの神経活動がリアルタイムで測定できています。

ヨッシー:社会的なコミュニケーションにおける脳活動を詳細に調べていくために、マウスのVRシステムを作られたということですね。VRが視覚情報に対する没入感を与えるという話でしたが、マウスの社会的コミュニケーションは視覚のみで行われているのでしょうか?

内匠:これまでは視覚的に映し出されたバーチャル空間だけが実験に使われていましたが、視覚情報だけではなく、相手の声や匂い、触った時の感触など、あらゆる五感もバーチャル体験に影響を与えます。中井信裕さん(特命助教)を中心とする私たちのグループは、マルチモーダル(いろいろな種類の感覚が組み合わされた状態)のVR技術を開発して、将来的にはマウス同士の社会コミュニケーションが可能なメタバース社会の神経科学実験をバーチャル空間上で行いたいと考えています。

ヨッシー:えっ、マウスのメタバースですか?あっ、これは2つのVRシステムを同時に使って、2匹のマウスにお互いの姿を見せ、社会的なコミュニケーションする際の脳活動をリアルタイムに調べていくのですね!
そもそもVRシステムを用いて、どのようにマウスの脳活動を計測しているのでしょうか?

内匠:今回、私たちはその土台となるマウスのVR行動課題システムを立ち上げました。マウスは体が小さくて、ゴーグルをつけることが難しいのですが、広い視野に対応させたドーム型のスクリーンを使うことで視覚的な没入感覚を与えます。そしてトレッドミルを歩くことでスクリーンに映し出されたバーチャル空間内を自由に探索することができます。今回はマウスの行動実験によく使われる50 cmほどの四角いフィールドを模したバーチャル空間をスクリーンに映し出しました。

バーチャル空間を探索するマウスのイメージ

また、大脳皮質の神経活動をリアルタイムに測定することができます。私たちはカルシウムイメージングという手法で神経活動の変化を可視化しました。時々刻々と変化する脳領域ごとの機能的な結びつきをネットワークとして可視化することができます。これをネットワークダイナミクスとよびます。これらを詳細に調べることで、マウスが自発的に歩き出す瞬間といった行動が変化するときのネットワークダイナミクスを明らかにしました。

ヨッシー:なるほど。VRシステムでは、マウスはトレッドミルの上を動いているけれども、頭の上にはカルシウムイメージングのための蛍光顕微鏡が取り付けられているのですね。ネットワークダイナミクスとは脳領域間の結びつきの時間変化を可視化したものとのことですが、これにはどのような意味があるのでしょうか?

内匠:私たちはこのシステムを使って自閉症※モデルマウスを調べることにしました。自閉症モデルマウスには行動異常が認められます。そのため行動する時の脳内に生じる自閉症特有の現象を明らかにしたい、と考えました。そして、自閉症モデルマウスの大脳皮質では行動中のネットワークの結びつきが過密になっていることが明らかになりました。この特徴は、マウスがじっとして止まっているときよりもバーチャル空間を移動しているときの状態で特に顕著でした。

ヨッシー:脳のネットワークダイナミクスから、自閉症モデルマウスのネットワークの結びつきに違いが見られたということですね。将来、これはどのように役立つのでしょうか?

内匠:脳機能ネットワークのパターンを機械学習することで、運動野のネットワーク結合が自閉症の判定に重要であることが明らかとなりました。今後、行動するときの自閉症の脳機能ネットワークダイナミクス研究が進むことで、自閉症診断のための新たなバイオマーカーの創出につながることが期待されます。

ヨッシー:内匠PMの今回の研究では、マウスのVRシステムを構築することで自閉症モデルマウスの脳機能ネットワークダイナミクスの結びつきが明らかになりました。今後はVRシステムを2台つなげたマウスメタバース空間を用いて、社会性コミュニケーションを行う際のマウスの脳機能ネットワークを明らかにしていくとのことです。ありがとうございました。

<まとめ>
今回発表の研究では、行動中のマウスから記録された広範囲皮質活動を解析することで、脳の皮質機能ネットワークが行動依存的にダイナミックに変化する様子を可視化しました。VRイメージングシステムのバーチャル空間は、現実世界で行われるマウス行動課題フィールドを再現しており、今後は、視覚、聴覚、嗅覚など複数の感覚情報を利用したマルチモーダル環境の構築を目指すとのことです。自閉症者の主な症状として社会コミュニケーションの低下が挙げられますので、将来的には、バーチャル空間にマウスの社会環境を構築し、自閉症モデルマウスが社会行動を行うときの脳機能ネットワークダイナミクスがどのように変化しているのかを調べていくとのことです。

※自閉症(自閉スペクトラム症)
自閉症は神経発達症のひとつであり、主な行動特徴として社会性コミュニケーションの低下、特定の物事への強いこだわりや繰り返し行動を示す。
自閉症では多様な種類の遺伝子変異やゲノム変異が報告されているが、未だ多くの自閉症は原因が不明である。


記事を書いた人:ヨッシー
ムーンショット目標9を担当して2年目の野鳥愛好家。
最近、カワセミの給餌を初めて観察した。

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