多様な人々が活躍できる未来を、科学は実現できるのか? ~Fujisawa サスティナブル・スマートタウンで2050年を考える~
ムーンショット型研究開発事業は、2050年までに起こるであろうさまざまな社会課題を、科学の力で解決すべく研究開発を進めています。未来の日本社会を考えるうえで、考えなくてはいけない課題の一つが、人口減少、生産年齢人口の減少の問題。JSTが2021年に報告した 『「来るだろう未来」から「つくりたい未来」へ』にある人口、人口構成の推移をみれば、明らかです。
また、多くの分野で知識や技術の専門性、深化が進む中で、多様な人々のもつ多彩な技能や経験を共有できる社会基盤の構築、様ざまな立場の人が積極的に社会参加できる環境を作っていくことも重要です。
ムーンショット目標1では、こういった課題を、サイバネティック・アバター(Cybernetic Avator:以下、CA)という技術で解決しようとしています。「アバター」の語源は権化や化身といった意味。最近では、仮想空間、メタバースで参加者の代わりに表示されるCGキャラクターなどを指すことが多いですね。しかし、目標1では、実体のロボットを主として(一部CGアバターの研究もありますが……)リアル社会で活躍するアバター、CAに関して研究開発しています。
ムーンショット広報のチアキです。
今回は、藤沢市のFujisawaサスティナブル・スマートタウン(以下、Fujisawa SST)を訪問してきました。
目標1の南澤孝太さん(慶應義塾大学・教授)がプロジェクトマネージャーを務めるプロジェクトで、課題推進者として一翼を担っている安藤健さん(パナソニック ホールディングス株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部)らが、ここで行っているタウンツアーの実証実験をレポートします。
Fujisawa SSTに着きました
藤沢駅からバスで10分足らずで到着。屋根に太陽光発電パネルがついた、きれいな家が並んでいます。
ここFujisawa SSTは神奈川県藤沢市と18団体からなる街づくり協議会が推進するプロジェクト。2,000人超が暮らすリアルなスマートタウンとして、持続可能な街づくりに取り組むとともに、住人・企業・自治体・大学などが新サービスの創出を通じて社会や地域の課題解決を目指しているそうです。
これらを見学するために、平日に3回、約90分のツアーが行われています。このツアーの案内役をCAが行うという、南澤プロジェクトの実証実験が始まったのです。
もともと、この見学ツアーとは別に、遠隔オペレーター1名で4台同時に監視しながら公道での自動走行、遠隔監視・操作型ロボットの道路使用許可を国内で初めて取得し、自動配送の実証実験がすすめられてきた「ハコボ」。
今回、(自動配送のものとは別のものですが)ハコボに、日本橋本町にある「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」で活躍しているCA、OriHimeが乗ったのです。
見学ツアー 開始
OriHimeは、障害や病気など様々な理由で外出が困難な方が遠隔から操作しているCA。今回、パイロットと呼ばれる操作者は、「うーさん」です。
なんと、福岡からツアーのガイドをしてくれます。
初めに、室内にある案内所で、Fujisawa SSTの概要説明がはじまりました。
これが終わると、案内所のOriHimeを操作していた うーさんは、ハコボに乗ったOriHimeに乗り移りました。操作するOriHimeを変更したのです。まるでワープのよう。
さぁ、ツアースタートです。
うーさんは、福岡からOriHimeを操作していますが、ハコボはFujisawa SSTのコントロールルームから操っています。独立して操作しているそれぞれのロボットが連携しながらツアー客をもてなしているのです。
スタート地点のSQUARE Labから商業施設内の小道を通り抜けて、うーさんの街案内を聞きながら歩いていきます。まるでバスガイドに案内されているみたい。
横断歩道もスムーズに進んでいきます。
ツアー当日は本当に暑い日でした。汗も滝のように流れてくる。
うーさんからは、暑さを心配する言葉も……あれ? OriHimeには、画像や音声のセンサーはついているものの、それ以外のセンサーはないはずなのに。
なぜ?
うーさんは、ツアー客の様子や、周りの風景、空間を認識して、状況を判断しているようです。これは、すごい。実のところ、うーさんはこの街を実際に訪れたことはなく、様ざまな資料と、OriHimeでのツアー体験からFujisawa SSTという街を理解しているのです。
「体験」という言葉の意味するところ、概念もこれまでのものと変わってきそうです。
2年前から温めていた構想
今回の実証実験の責任者である安藤さんは、「生産人口が減っていく社会において、どう対応していくのかという答えの一つがロボティクスと考え、いろいろな取り組みをしています。将来発生するであろう課題の中で、配送はもともと人手がかなり不足していたところに、コロナによるECの増加、さらに非接触が求められてきました。配送の労働力不足というのは、もう少し先の話と捉えていたのですが、直近の課題になっています。現場は、もう回らなくなってきているっていう状況なのですよね。そこで、ロボットが何か役立つことができないかというところでした。
2020年から、 屋外、公道で走れるロボットの取り組みを始めています。技術面だけでなく、法やルールの整備など、実証実験に対する取り組みを各方面からサポートがあり、ここFujisawa SSTの街でも、かなり積極的に協力いただいて実証実験を積み重ねています」
「他の街で走る自動配送ロボットとの違いは、ひとつの街の中で複数台の運用をしている点です。目標1の構想の中にも複数のロボットを同時に制御するというのがありますよね? ハコボは現段階では国から認可を受けている1対4での運用をしています。日本では我々以外も含めて藤沢だけだと思います。今回のOriHimeのハコボは、まだ1対1ですけれど……」
この実証実験を現場で推進している廣瀬元紀さん(パナソニック ホールディングス株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部)に、今回の実験のきっかけを聞きました。
「ここFujisawa SSTのハコボは2年前から住宅街の公道でお客様に荷物を運ぶという実験からスタートしました。その中で、公道を走るにはサポート対応や法的な観点から遠隔の管制が必要だということが分かり、ならば、逆に管制する人の良さを生かせれるロボットにもなれるのでは……と考えたのです。しかし、ハコボは物を運ぶ、安全に走ることに特化したロボット。遠隔オペレーターが声を発しても、お客様が違和感をもってしまい、うまくコミュニケーションできないということが分かったのです。
一方、私は「障害がある方が どうやったら活躍できるのか」という活動を、今回の実験とは別に個人的に行っていました。その中で OriHime のパイロットの方と交流があり、彼らの能力、その価値を体感してきました。
街を安全に走れるハコボと、コミュニケーションに特化したOriHime。
この2つの才能がコラボすることで新しい価値が生まれるのではないかと気づき、プロジェクトの責任者の安藤と2年前から企画を進めてきたのです」
OriHimeが、ハコボにのる意味
目標1の描く未来社会像のアニメーションには、災害時に、消防士と看護師と救援隊のロボットが合体して救援をするものがあります。
スペシャリストがそれぞれの技能、才能を生かして、ひとつのことを行うというもの。今回のOriHimeとハコボはその一歩と言えるかもしれませんね。
1人ではできなかったこと、遠隔ゆえにできなかったことなど、さまざまな社会貢献が、技能合体することで、できるようになるかもかもしれないのです。
実はそれだけでなく、技能を提供する側にもメリットがあるようです。他の方の経験や才能、技術を共有・習得できたり、そもそもこういったことに参加できることで、自己肯定感を高めたり。
実験に参加している うーさんも、「OriHimeに乗って、外や公道に出るという体験はこれが初めてです」と、これまでにはないパイロット体験をし、CAで外を歩けるということに「可能性を感じる」と前向きに捉えているようです。
ツアー自体を運営側は、今回の実験をどう感じているのでしょうか。稲垣乃理子さん(Fujisawa SSTマネジメント株式会社 タウンサービス部)は、
「今は、手探りで進め、ツアーの距離を伸ばしている途中です。まだ全てのツアーを OriHime に振り替えてはいませんが、パイロットさんのスキル向上によってリアルのツアーにかなり近くなってきているという実感はあります」
現段階では、OriHimeがツアーのコースすべてをカバーできておらず、途中でガイドにバトンタッチしていますが、年内にはOriHimeだけでツアー全行程をカバーすることを目標としているとのこと。
安藤さんは、「自動化やロボットを導入するということにおいては、費用対効果という面で単純に人を雇うのと本当にどちらが安いの?という話が、ビジネス上、必ず出てきます。配送というタスクだけを行った場合、やはり人間のほうが早いですし 融通もきく。そういった視点から、ロボットの事業を継続するためには難しいポイントがあるなと思った時に、廣瀬からOriHimeの提案を受けたのです。 障害がある方が自宅から操作するというだけではなく、遠隔のパイロットの個性とか人間性をうまく発揮することによって、単純に自動化するだけではなく、人と人とのヒューマンタッチみたいなものを組み込みながら人手不足も解決することができるのではないか、と。
人手不足解消だけではなく、そこに人が介することの温かみみたいなものがあることによって、費用以上の効果が見い出せるのではないか、ということで進めてきたのです」
体験価値の提供、そしてその先へ
「今回は、第1ステップという位置づけ。本当に、こういうものが技術的に成立するか、さらに体験価値として意味あるものが提供できるのか、というのをしっかり見極めようと思っています。そこで、ある程度、感触がいいと判断できれば、街案内以外のアプリケーションというのも考えていく。
さらに、現在は2対1みたいな状況なのですが、ムーンショット目標の中にあるm対n、いろいろなものが入り混じっている状態に、将来的にはトライアルできたらいいかなと思っています」
今回ツアーを見学して、CAが、人びとの活躍の場、可能性を広げてくれることを感じました。まだまだ、研究開発することは数多くありそうですが、2050年にむけて諦めないで取り組む研究者の姿には、社会を変えるエネルギーのようなものを感じました。
最後に、オプショナルツアーの紹介
このツアーは、Fujisawa SSTで実施されている見学ツアーのオプションツアー特別プラン(有料)として2023年12月まで、毎週水曜日に実施予定。
詳しくは、Fujisawa SST見学ツアーをご覧ください。
『OriHime』『OriHime-D』『分身ロボットカフェ』は株式会社オリィ研究所の登録商標です。
■ムーンショット目標1
「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」