建築研究者も参画する気象研究:山口弘誠×西嶋一欽×黒ラブ教授
猛烈な雨が短時間、局地的に降る「ゲリラ豪雨」。正式な気象用語ではありませんが、突発的で予測が難しいという特徴をとらえています。ゲリラ豪雨は近年増えており、鉄砲水のような急激な出水によって、ときには人的被害をもたらすことがあります。
そこで、山口弘誠(こうせい)プロジェクトマネージャー(以下、PM)は、「ゲリラ豪雨・線状対流系豪雨と共に生きる気象制御」と名付けたプロジェクトの中で、西嶋一欽(かずよし)さんらとともに、ゲリラ豪雨の発生メカニズムに基づき、その勢力を弱める気象制御技術の研究開発を行っています。この技術は、被害軽減につながると期待される一方で、気象を人間の手で変化させることが社会に受容されるのかという、難しい問題もはらんでいます。サイエンスコミュニケーションに取り組む黒ラブ教授が、山口さんと西嶋さんからこの研究について聞きました。
《風洞と街のミニチュア模型を用いた風測定、そして、社会実装に向けた課題についての記事はこちら!》
ゲリラ豪雨の予測は、毎日の天気予報より難しい
黒ラブ教授:最近の天気予報の的中率は80%以上で、一般の方は気象でまだ研究することがあるのかと疑問に思うかもしれません。ムーンショット型研究開発事業で研究するようなチャレンジングな課題があるのでしょうか。
山口:確かに天気予報の精度は日進月歩で着実に上がっています。一方で、災害を引き起こすような豪雨については未だ予測の精度が低く、社会の要請に応え切れていないのが現状です。豪雨のメカニズムをもっと解明して予測精度を上げていく必要があります。
黒ラブ教授:ゲリラ豪雨が、より早く、より精度よく予測できれば、何か対処できるかもしれませんね。そのために、スーパーコンピューターでシミュレーションするということですか。
山口:そうですね。よりよい予測のためにシミュレーション技術とモニタリング技術を駆使した研究を進めてきましたが、新しい手段として、我々は予測するだけでなく、ゲリラ豪雨や線状降水帯をもたらす積乱雲の成長を抑えて、豪雨を弱めることを目指しています。
黒ラブ教授:え!そんなことが!すごくチャレンジングですね!なぜそういう研究に取り組もうと思ったのですか。
山口:我々の研究室ではこの10年近く、雨雲の発生過程に着目して研究してきました。そこで得たこの動画から豪雨の発生メカニズムがわかってきたのです。
ゲリラ豪雨の発生メカニズムを明らかにしたシミュレーション。
神戸市街を60メートル四方のグリッドで区切り、工場などから出る熱も考慮して、ゲリラ豪雨が起こる約1時間から30分前の状況を計算した(提供:山口PM)
黒ラブ教授:紫色の立ち上っているものは何ですか。
山口:気流が渦回転していることを意味していて、我々はこれを「豪雨の種」と考えています。渦が強いと豪雨が発達することはレーダーによる観測研究でも知られています。
黒ラブ教授:ここで雨が降っているということですか。
山口:降る前です。
黒ラブ教授:これから雨が降ることが、わかっちゃうんですね!それはすごいです!
山口:よく見ると、渦が上るきっかけが地表のいくつかの決まった場所にあることがわかります。実は、それが工場や商業施設などの熱を出している場所なんです。地表面近くに温かいものがあると、浮力が発生しますからね。我々のシミュレーションでは、1つ1つのビルから出る熱や比較的大きなビルの形状も計算しています。
黒ラブ教授:えー!そんなに細かく計算できるのですか。
山口:気象庁が天気予報に使っているシミュレーションでは、大気を2キロメートル四方のグリッドに区切っているのに対し、我々は、研究目的で対象範囲も限られていますが、30メートルのグリッドで計算しています。そのくらい細かくなると、建物の影響も容易に評価できます。
黒ラブ教授:これだけ細かいとものすごく大変ですよね。何年くらいかかりましたか。
山口:数値モデルの開発から含めると5年近くかかっています。
黒ラブ教授:すごい大作!!なるほど!毎日の天気予報より、ゲリラ豪雨の予測のほうが難しいことがわかってきました。
山口:気象の予測は、基本的には物理法則が基になっています。例えば、ボールを投げると、初速や角度によって落ちる場所も軌道も変わりますが、それは物理法則に従って予測できます。気象も、観測データを出発点にして物理法則に基づいて予測します。大きなスケールの天候は高気圧や低気圧のような大きなもので支配されているので観測が粗くても予測できるのですが、ゲリラ豪雨のような小さなスケールの現象を予測するには細かい観測データが必要です。
しかし、30メートルグリッドの観測データは、実は存在しません。ですから、どういうデータを計算に入れるかというところから考えないといけません。しかも、気象現象はカオス(※1)なので、最初に入れるデータのごくわずかなずれが結果の大きな違いになって現れます。そういう理由で、シミュレーションが難しいのです。
黒ラブ教授:それで、5年もかかったのですね。でも、シミュレーションがちゃんとしていないと、何かしら介入して制御したときに、その介入で変わったかどうかわからないですもんね。
山口:はい。そこが、これまで気象を変えようとしてきた先人の研究者たちが一番悩んできた点です。
黒ラブ教授:そうなのですね!細かい現象のシミュレーションの精度が上がってきたので、今はチャンスだということですね!
山口:このシミュレーションによって、豪雨の種の発生に人間活動が関わっていることがあるとわかったので、人間活動の影響を抑えればこの豪雨も発生しないのではないかと考えました。そして、人間活動が豪雨災害を促進させているということであれば、人間自らが現在の状況を治療してあげる必要があると考えました。それが、ムーンショットに応募した動機です。
「豪雨の種」の段階で制御すればうまくいく?
黒ラブ教授:神戸はゲリラ豪雨が起こりやすい場所なのでしょうか。
山口:南にある大阪湾から入ってくる暖かく湿った空気が六甲山にぶつかって上昇するので、積乱雲が発達しやすいのです。そこに都市の人間活動の影響で渦や熱が発生し、雲の発達がさらに促されると考えられます。
黒ラブ教授:ゲリラ豪雨を人工的に制御するとすれば、渦が上がっていくのを何とか止めるということですか。
山口:そうです。渦が数百メートルぐらいの小さいうちに制御しようというのがこのプロジェクトの目標の一つです。渦が大きくなってしまうと制御は難しくなりますから。
黒ラブ教授:なんと!実は、お笑いのライブも同じです。ライブで1回スベってしまうと、その後で取り戻すのが難しいんです(笑)。2、3回スベってしまうと、もう絶対に取り戻せない!早い段階でいかに対処するかが重要なのです。
山口:豪雨の場合、豪雨が降る直前に操作できれば確実に効果が出るのですが、この段階になってしまっては、大きなエネルギーが必要になります。ですから、もっと最初の種の段階で、小さなエネルギーで操作して将来を変えようというわけです。
ただし、操作することで逆に急激に成長するというケースもあり、そこが難しい。実際にどちらの方向に変化するかは、お笑いと同じでやってみないとわからないところがあります。
黒ラブ教授:だからこそ、シミュレーションが重要なんですね。
山口:はい。実は最近、最初の種の次の段階で、ある程度のエネルギーをかけるとその後のプロセスが変わりそうだというシミュレーション結果が出てきて、手応えを感じています。このシミュレーションでは、風が入ってくるところに大きな風車を置き、風が入りにくいようにしたのです。
実は、雲ができるためには上昇流が必要で、上昇流は熱と風によって発生するのですが、熱と風という2つの要素を分け、風に着目したところが重要なポイントです。
2008年7月に神戸で起こったゲリラ豪雨のシミュレーション。
水色の柱は雨水量の3次元分布を表す。左は何も人為的操作をしないとき、右は青い立体の場所に200メートル規模の風車を2台置いたとき。右のピーク降水量は、左に比べて27%少なくなった。この豪雨では都賀川という都市河川の急激な増水で5名の命が奪われた(提供:山口PM)
黒ラブ教授:すごい結果ですね!!!えーと・・あれ?風車で向かい風?を与えてるんですか。
山口:風車は風を受け止めてエネルギーに変えるものであって、風を出すものではないのです。風を送るほうは増風機と呼びます。
黒ラブ教授:そーなのですね!風車は自分が回転することで、風を弱めているのですね。こういうシミュレーションは世界初だと思います。風車を置くことで雨の強さはどのくらい減るものですか。
山口:強さでいうと27%弱くなりました。
黒ラブ教授:おー。ん?27%というのは十分な数字ですか。
山口:そこが本当に大事なところで、シミュレーションで可能性は示されましたが、それが社会にマッチするかどうかはまた別の話です。災害を減らすためには27%では足りないとか、もっと少なくても豪雨の位置をずらすことができれば意味があるという考え方もできます。そこはニーズとシーズの関係です。
雨の研究者と風の研究者の強力なタッグ
黒ラブ教授:聞きたいことがあります!シミュレーションで想定したパワーの風車は、実現可能なんですか。
西嶋:山口先生のシミュレーションでは、制御のために風車がどのくらいのエネルギーを吸収すべきかがわかるので、それに対応するデバイスを工学的につくれるかどうかを検討することになります。豪雨の種が育ってから止めようとすると大きなエネルギーを吸収することが必要で、装置も大きくなるし、街の中に置けるのかという問題も出てきます。いろいろな条件でシミュレーションし、産業界の意見も聞いて検討していこうと考えています。
黒ラブ教授:それにしても、200メートルの風車って大きすぎませんか(笑)。
西嶋:絵に描いた餅ではなく、実物があります。
黒ラブ教授:えっ! 神戸にあるのですか。
西嶋:神戸ではありませんが、風力発電の風車があるのです。
黒ラブ教授:そっか!ふだんは風力発電に利用すればいいわけですね。理にかなってます。でも、そうすると風車をどこに置くかが問題ですね。移動させるのは大変そうです。
山口:上昇流が起きる場所はある程度絞れるのです。そういう場所を私たちは「ホットスポット」と呼んでいて、その周辺で位置を調整するなら実現できそうだと思っています。
黒ラブ教授:なるほど!現実味が出てきましたね。
山口:風車のほかにもいくつかの手法を検討しています。
山口:洋上カーテンというのは、1キロメートル四方くらいのカーテンを上空に張って風を止めるという仕掛けです。船だから動かせます。
黒ラブ教授:なんだか凧(たこ)みたいですね(笑)。ずいぶん素朴な方法に見えますが、それで風が止まるんですか。
山口:完全に風を止めてしまう必要があるかというとそうではなく、カーテンをメッシュ状にして例えば半分は風が通過するような方法でも十分な意味があると思っています。
黒ラブ教授:実際には、いろいろな技術開発が必要になりそうですね。
西嶋:大きな膜をつくる技術や、上空にカーテンを留めるような技術が必要ですが、こうした技術を開発すれば、気象制御以外の用途にも使えます。
黒ラブ教授:クラウドシーディングというのは?
山口:本来は人工降雨、つまり、雨を促進させるための技術です。雲粒の核になるものを上空に散布します。
黒ラブ教授:実際に雨を降らせることはできるのですか。昔やったけれどうまくいかなかったと聞いたことがあります。
山口:これまでの多くの研究で理論上は雨を降らせることができると言われています。また、我々のプロジェクトでは一時的に雨を強めることで、トータルとしては逆に雨量を減らしたり、強い雨域を空間的に分散させたりする手法の開発に取り組んでいます。
ただ、実証するのがなかなか難しいです。雲粒ができる過程を変化させるのは「雲物理」という分野の研究対象ですが、この過程にはいろいろな現象が絡み合うため、カオス性が高くて研究が非常に難しいのです。そのため、クラウドシーディングだけでなく、先ほどの風を変えるところにも注目しているということです。
黒ラブ教授:なるほど!山口先生と西嶋先生は風の研究者なんですね。
西嶋:私は建築の風が専門で、山口先生は気象の雨が専門です。研究室は隣同士ですが、研究対象が風と雨で違うので、これまで研究の話はしたことがありませんでした。ですから、山口先生にムーンショットへの参加を誘われたときは意外でしたが、山口先生が建物をきっかけに渦ができて豪雨につながることを説明してくれたのです。
私は建物に対する風の力の作用を研究してきたので、建物が風に影響するという逆の観点の話はとても新鮮で、おもしろいと思ってプロジェクトに加わりました。山口先生との共同研究は、いろいろな分野の研究者が集まっている京都大学防災研究所という場がうまく機能して実現したと思います。
構成:青山聖子
写真:大島拓也
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■山口弘誠PMの研究開発プロジェクト
「ゲリラ豪雨・線状対流系豪雨と共に生きる気象制御」