見出し画像

ゲリラ豪雨が引き起こす災害から、命を守りたい:山口弘誠×西嶋一欽×黒ラブ教授

「ゲリラ豪雨・線状対流系豪雨と共に生きる気象制御」というプロジェクトを遂行中の山口弘誠(こうせい)プロジェクトマネージャー(以下、PM)と課題推進者の西嶋一欽(かずよし)さん。山口PMがゲリラ豪雨の発生メカニズムとその制御方法を研究し、西嶋さんは、その制御方法を検証するために風洞の中にミニチュアの街を置いて風の流れを測定しようとしています。サイエンスコミュニケーターで、お笑い芸人でもある黒ラブ教授がお二人から研究の話を聞き疑問をぶつけていきます。そして話は、このプロジェクトの成果が社会実装される未来へ。読者の皆様も気象制御と共にある社会についてこの記事を読みながら考えてみませんか。

《ゲリラ豪雨の発生メカニズムとその制御方法についての記事はこちら》

山口弘誠:京都大学防災研究所 気象・水象災害研究部門 准教授。2009年京都大学 大学院工学研究科 博士後期課程修了、博士(工学)。京都大学 学際融合教育研究推進センター 特定研究員、京都大学防災研究所 特定助教を経て2016年より現職。専門は水文気象学。特に災害をもたらすような雨雲の発生過程を研究している。自然を肌で感じて、想像力と創造力を磨くことがモットー
西嶋一欽:京都大学防災研究所 気象・水象災害研究部門 准教授。2009年スイス連邦工科大学チューリヒ校博士課程修了、Doctor of Sciences。スイス連邦工科大学チューリヒ校 上級研究員(senior assistant)、デンマーク工科大学 准教授(associate professor)を経て2013年より現職。2017年から2023年までカナダ・ウォータールー大学 客員准教授(adjunct associate professor)も務める。専門は風工学・リスク工学。特に強風災害低減に資する研究を行っている。古民家を愛し、休みの日には丹後の古民家に通う
黒ラブ教授:大学の先生芸人、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター、東京大学大学院情報学環客員研究員。複数の大学で非常勤講師を務める。理工学系の研究・講義を行う一方、科学をネタにする芸人として舞台やイベントでライブを行っている。さらに、サイエンスコミュニケーションの実践者・研究者として、サイエンスアゴラ、科学の甲子園などのイベントの支援、研究プロジェクトの広報アドバイスなどにも従事。科学を正しく、おもしろく伝え、理系人口を増やすことが目標

風洞の中に神戸の街をつくる

黒ラブ教授:わーー! 風洞を初めて見たのですが、風洞ってずいぶん大きいんですね!

西嶋:この風洞は長さが50メートルあります。空気の流れをつくってその影響を調べるための実験設備です。風洞にはいくつか種類がありますが、この風洞は境界層風洞です。境界層とは、固体と流体の境目にできる薄い層のこと。走る自動車の表面などにもごく薄い境界層ができますが、地球という固体と大気という流体の場合、境界層は地表から高さ500ないし1000メートル程度までの領域にあたります。
境界層における流体は固体表面から高さが上がるにつれて水平速度が上がり、同時にさまざまな大きさの渦を持った乱流になっています。私たちが住む地上では、この複雑な空気の流れの中で気象現象が起きているので、このプロジェクトでは境界層風洞で実験を行うのです。しかし、境界層を人工的につくることは簡単ではなく、そのために風洞には長さが必要なんです。

黒ラブ教授:実は深い理由があるのですね!どうやって境界層をつくるのですか。

西嶋:まず、端にあるファンを回して風をつくります。つくった当初の風はファンのエッジなどがつくる乱れがあるので、異なる大きさの格子を通しつつ一度流れを広げて一様流にします。広げると流速が下がってしまうので、流れを圧縮します。ここまでに25メートルの長さが必要です。
速度を回復した一様流を、風洞内の床に置いたブロックなどで乱流にします。高さ1メートルの境界層が発達するのに10メートル以上の長さが必要なため、実験に使えるのは最後の5メートルです。この中に神戸の街の模型を置いて、建物をきっかけとした上昇流の発生など、山口先生のシミュレーションの検証をする予定です。

左:京都大学防災研究所の境界層風洞のファンの前で。改修工事中のためシートで覆われている。右:改修前の境界層風洞(右写真提供:西嶋さん)
乱流をつくるために風洞内にブロックを置く(写真提供:西嶋さん)

黒ラブ教授:街の模型も西嶋先生がつくるんですか。

西嶋:私の研究室の学生が3Dプリンターでつくっています。建築の分野では建物の耐風設計のために模型をつくって風洞実験をしますが、風圧を測定する模型は1つの建物だけで外注するのが普通です。ですから今回のムーンショットの実験では、街全体の模型をどうやってつくればいいのかと、1年以上試行錯誤しました。
航空測量などによる建物の3次元データを使うのですが、その処理方法がようやくルーティン化され、データから直接的に模型をつくれるようになったところです。街の模型を15センチメートル四方ずつに分けてつくり、敷き詰めます。今までは街の模型を1つつくるのに1年近くかかっていましたが、これからは1年でたくさんの街をつくれるので、いろいろなパターンで実験できるようになると思います。

黒ラブ教授:ノウハウが確立されたんですね。

西嶋:はい。ほかにもいろいろな模型をつくっています。工作室もお見せしますね。

黒ラブ教授:ここでは何をつくってるんですか。

西嶋:技術職員の方にお願いして、フライス盤という工作機で、アルミニウムの塊からビルの形を削り出しています。

フライス盤の動作を説明する西嶋さん

黒ラブ教授:アルミのビル? 何に使うんですか。

西嶋:温めて街の模型の中に置き、熱源になっているビルを再現するのです。ペルチエ素子で温めると、ビル模型全体の温度が上がります。

模型に張り付いている白いものがペルチエ素子。ペルチエ素子は平面状の半導体素子で、電流を流したとき、片面で放熱、もう片面で吸熱が起こる

西嶋:ビルの近くに置いて渦を消すための増風機の模型も学生がつくっています。増風機は、風で回ることで風のエネルギーを吸収する風車とは異なり、動力を使って風を起こすものをいいます。山口先生の理論によると、温まった地表面やビルによって生じる上昇流が豪雨のきっかけとなる渦を成長させるとのことなので、増風機でその渦の原因となる上昇流を消そうというわけです。
増風機を構成するパーツも3Dプリンターでつくっていて、精度の高いものです。豪雨の制御にはいくつかの手法が考えられており、風車によって海から吹き込む風を抑える手法もあるので、ゆくゆくは風車の模型もつくるつもりです。

増風機は、風で回ることで風のエネルギーを吸収する風車と異なり、動力を使って風を起こす

極微のシャボン玉で空気の流れを可視化

黒ラブ教授:模型の縮尺はどうやって決めているのですか。

西嶋:今のところ、500分の1にしています。神戸市のシミュレーション範囲が2.5キロメートル四方なので、模型は5メートル四方になります。これを、境界層が発達した風洞の下流部に置きます。地表の境界層の高さは500~1000メートルで、風洞でつくれる境界層の高さが1メートルなので、500分の1だとちょうど境界層の中で実験できることになります。
気をつけなければいけないのは、縮尺模型では、物理の法則に則って縮尺と物理量を整合させる必要があることです。例えば、ビルの模型を温めるときも、温度差によって生じる上昇流の速度と水平方向の風速の比が現実と合うように、温度を調整する必要があります。

黒ラブ教授:わおー!このプロジェクトで山口先生と出会ったことで、建築の世界では考えもしなかったような模型をつくっているんですね!ムーンショットって研究のイノベーションを起こしている感じがして素敵です。

西嶋:私は、今回の研究開発は、観測、シミュレーション、風洞での縮尺模型実験の三位一体で進めるべきだと思っています。シミュレーションに使う数値モデル(※1)の精度を上げるには、現地で観測したデータとシミュレーション結果を突き合わせて検証していく必要があります。ですが、細かいデータをすべて観測することは不可能です。それを補うのが、縮尺模型実験です。縮尺模型実験なら、自然環境下での観測と違って条件をコントロールできるので、質のよいデータがとれます。
また、山口先生のシミュレーションは30メートルのグリッドに区切っていますが、それでも建物のスケールからするとかなり粗いのです。例えば、直径5メートルの増風機の回転が建物回りの気流にどういう影響を及ぼすかは実験で調べるしかありません。こうしたデータを風洞で計測して山口先生に渡すことが私の役割です。

黒ラブ教授:三位一体ってパワフルですね!縮尺模型実験で一番大変なのはどこですか。

西嶋:これまでは模型づくりでしたが、今後は空気の流れを3次元できちんと計測して、渦を捉えることです。

黒ラブ教授:目に見えない空気の流れをどうやって計測するんですか。

西嶋:「ヘリウムソープバブル」という、直径0.3ミリメートルぐらいのヘリウム入りのシャボン玉をトレーサーに使います。強い光をあてて一定の時間間隔で撮影すれば、個々のトレーサーの移動速度がわかります。レーザーを使う2次元の装置では、計測できることを確かめたのですが、3次元の計測はこれからで、高輝度LEDを使ってチャレンジすることを計画しています。3次元の計測がうまくいけば、基本的には実験のためのボトルネックは解消されたことになると思っています。

黒ラブ教授:そうなれば、風洞の中でゲリラ豪雨の前の現象を再現したり、増風機や風車を置いたら現象がどう変わるかを調べたりできますね。

黒ラブ教授:縮尺模型実験の大変なところを西嶋先生にうかがいましたが、山口先生のシミュレーションはどこが一番大変ですか。

山口:私の場合は、モデルの精度をいかに上げるかです。ゲリラ豪雨の種が小さいうちに、なるべく少ないエネルギーで、かつ、信頼度高く封じ込めることが研究開発の目標ですが、種の発生や成長の現象自体について、まだわかっていないことがたくさんあります。我々が気づいていない、ゲリラ豪雨を封じ込める効果がある要素が多く眠っていると信じています。
ですから、西嶋先生が言われたように、観測からわかったことをシミュレーションに投入して、シミュレーションでわかったことを実験で確かめるという形で、モデルの精度を上げていかなければと思っています。それから、制御デバイスの新しいものづくりについては、実験で試行錯誤したものをシミュレーションに取り入れるというアプローチも大切になってきます。

「人命を守る」ためだけに、豪雨を「鎮める」

黒ラブ教授:最後にこのプロジェクトのELSI(※2)についてうかがっていいですか。このプロジェクトが進んでゲリラ豪雨を抑えられるようになることに期待している人も多いと思いますが、反対の意見もありますか。

山口:あります。雨水は資源でもありますから、豪雨を毎回止めてしまうとそれが減ってしまう。雨を減らしてほしくないと考える人たちもいます。

黒ラブ教授:確かに、農家などは雨が降らないと困りますね。新たにそういう問題が生まれる可能性があるということも想定しておかないといけないのですね。

山口:人間は雨と数え切れないほど接点があって、農業や漁業など職業的な関わりだけでなく、洗濯や傘など日常的な関わり、雨乞いや祭りなど民族的な関わり、文学や美学など芸術的な関わり、インフラ整備や避難行動など防災的な関わりなどがあげられます。それだけに雨の影響範囲はとても大きく、全員の希望を満たすような豪雨制御は存在しません。だからこそ、社会全体として豪雨と向き合って、何を選択するのかを見極めていくことが大切です。

黒ラブ教授:僕の専門であるサイエンスコミュニケーションが大事になってきますね。豪雨とどのように向き合うかというカルチャーを育てないといけない。

山口:まさにそうで、カルチャーが変わらないと受け入れられないかもしれません。降るはずだった雨が降らなくなる場合よりも、もっと問題になりそうなのは、ある場所の豪雨を弱めたら、違う場所で雨が降る場合です。

黒ラブ教授:雨を持ってこられた場所の人からしたら、「おいおい話が違う」となりますね。

山口:そうならないために、私もいろいろ考えたのですが、全員が納得できる唯一のポイントは「人命を守ること」だと思うんです。Aという地域の人命を豪雨から守るために、Bという地域には降らなかったはずの雨が降ってしまう。でもBという地域では災害は起こらない。そういうことを「A地域で人命が失われなくてよかった」といって受け入れてもらえるような社会をみんなでつくっていかないといけないと思っています。

私が大事にしている言葉は「自然の懐」です。これは私の師匠の中北英一先生(※3)の言葉で、人間は「自然の懐を借りて地球に住まわせてもらっている」という意識を持っていないと、技術先行に陥ってしまうという教えです。このプロジェクトがどんどん発展していけば、将来、豪雨を晴れに変えられるようになるかもしれません。ただ、そういう技術ができたとして、それを使ってよいかというと、私は「ノー」だと思っています。

私たちは自然の懐に住んでいて、雨も恵みであると考えれば、私たちに許されるのは人命を守るためにほんの少し変えることだけだと思います。自然が豪雨を降らせようとするときに、「雨を少しだけ弱くさせてください」と自然の神様に祈る気持ちで制御するべきではないでしょうか。我々はそれを「豪雨を鎮める」と表現しています。

鼎談(ていだん)には、このプロジェクトのキャラクター「ふところん」も参加した。
名前は「自然の懐」に由来する

黒ラブ教授:自然のほうが強大な力を持っていることに敬意を払うということですね。天気が制御できるとなると、人間も試されることになりますね。そうなったときに、何を求めるのか。雨を降らせたいのか、ずっといい天気がよいのか。

西嶋:人によって、どういう時にどういう天気がよいと思うかは違うでしょう。その点で私が心配しているのは、いくら山口先生が「自然の懐」という謙虚な考え方を持っておられても、みんなが気象制御技術を使い始めたらいろいろな使い方をするかもしれないということです。実現可能性が低い段階では、技術の論文が出ても個人のレベルでは実行できないからあまり心配しなくてもよいでしょうが、2050年に向かって実現が近づいてきた時には誰かがやってしまうかもしれません。

山口:それはむしろよいことだと僕は思っています。気象制御技術に限らず、すべての技術に言えることですが、最初に考えた人がうまくやると、それに便乗して多くの人が使うようになり、ハプニングがあったりするステージを乗り越えると、もっとよいものができるということがあります。いろいろな人が使うことで技術は発展するのです。ただし、そのときに大事なのは人間が技術を常にケアしていくことです。

黒ラブ教授:それが、本当の意味で技術が社会に実装されるということですね。

西嶋:遺伝子組換え、クローンなどの技術も似たところがありますね。誰でも遺伝子組換えできたりクローン人間をつくれるようになったりすると困るので、規制がある。そういう他の技術を参考にすることはできそうですね。

山口:気象制御技術についても、議論を重ね、いずれ法律をつくることになるだろうと思います。

黒ラブ教授:ELSI面で実際に何か対応を考えていますか。

山口:私たちのプロジェクトでもELSIの研究を進めています。基本的には、いかに多くの人を巻き込めるかだと思っています。研究室の中でやっているだけではだめで、地域の中に入っていって、豪雨を弱めるとどういう影響があるかをヒアリングするといったことが重要です。都市に住む人たちよりも地域に住む人たちのほうが農業や文化などを通して気象との関わりが深いですからね。都市でも、例えば東京23区で一斉に打ち水をやったら、気象に何らかのインパクトがあると思います。
そういうふだんの生活の中できることと、気象制御用の大きな風車をリンクさせれば、共通点も違う点もあることを理解してもらえるのではないでしょうか。

黒ラブ教授:考えてもらって醸成していく。まさにカルチャーですね。

山口:多くの人たちを巻き込む中で、気象制御にはメリットもあるけれどデメリットもあるという議論になり、結果として制御しないことを選択したとしても、それはそれでよいのです。

黒ラブ教授:それでも、技術があれば、いつかまた気象制御のできる日がくるかもしれませんね。

山口:はい。私は「人間は賢い」と思っているので、いつか気象制御のあり方を見つけることができて、ムーンショットで開発した技術が使われる日がくると信じています。

黒ラブ教授:最後に先生方の覚悟みたいなものをうかがえてよかったです。今日はお話も見学もとても勉強になりました。ありがとうございました。

※1:予測したい現象を、その現象を支配する物理法則などの方程式の集まりで表したもの。

※2:倫理的・法制度的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字を取った略語。新規科学技術を研究開発し社会実装する際に生じる技術的課題以外の課題をさす。

※3:京都大学防災研究所教授。

構成:青山聖子
写真・動画:大島拓也


関連情報

ムーンショット型研究開発制度とは(内閣府)

■ムーンショット目標8
「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」

■山口弘誠PMの研究開発プロジェクト
「ゲリラ豪雨・線状対流系豪雨と共に生きる気象制御」

X(Twitter)では、ムーンショット型研究開発事業に関する情報を毎日発信しています。ぜひフォローをお願いします!