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【後編】金井良太×松島倫明ムーンショット対談 人同士がより理解し合える未来へ ─ BMI-CAの可能性

2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」することを掲げるムーンショット目標1のプロジェクトマネージャー(以下、PM )、金井良太PMと『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんによる対談が実現。前編ではブレインマシンインタフェース(BMI)機能を持つCA(BMI-CA)が現在のインターネットの限界を乗りこえるメディアサービスともなる可能性をめぐり、白熱した議論が展開されました。
後編となる今回は、人同士の多様な「環世界」※1をつなぐ上でBMI-CAがいかなる役割を果たすのか、そしてAIとの連携も含めメディア社会そのものをどんなふうに変えていけるのかの可能性をめぐって、2人ならではの見解が語られます。

前編はこちら


金井良太:株式会社アラヤ創業者。2000年京都大学理学部卒業後、2005年 オランダ・ユトレヒト大学で人間の視覚情報処理メカニズムの研究でPhD取得(Cum Laude)。米国カルフォルニア工科大学、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンにて研究員。JSTさきがけ研究員、英国サセックス大学准教授(認知神経科学)を経て、2013年に株式会社アラヤを創業。神経科学と情報理論の融合により、脳に意識が生まれる原理やAIに意識を実装する研究に従事すると同時に、産業界におけるAIと脳科学の実用化に取り組む。文部科学大臣表彰若手科学者賞、株式会社アラヤとしてJEITA ベンチャー賞(2020)、ET/IoT Technology Award(2019)など多数受賞。2020年より、内閣府ムーンショット事業プロジェクトマネージャーとしてBMIの実用化に取り組む


松島倫明:『WIRED』日本版 編集長。内閣府ムーンショットアンバサダー。NHK出版学芸図書編集部編集長を経て2018年より現職。21_21 DESIGN SIGHT企画展「2121年 Futures In-Sight」展示ディレクター。訳書に『ノヴァセン』(ジェームズ・ラヴロック)がある


多様な「環世界」のあり方をつなぐために

─脳の世界モデルを活用して夢の中でコンテンツを見せる装置がメディアとして機能するためには、自分の見ている夢と他者の見ている夢を相互に整合させてつなげる必要があると思うのですが、人間の脳が構築している世界モデルにはそれぞれの見ている夢がつながりうるほど規格化できるような共通性があるのでしょうか? もしかすると夢を生成する脳内のモデルは、それぞれの人に独自の構成の仕方になっていて、1つのメディアとしてコンテンツを共有することができないくらい食い違っている可能性も大きいのではないかとも思いました。そのあたりはどうお考えですか?

金井:実はそれこそが理論的な研究の焦点でもあって、それぞれの脳の中では神経細胞たちが、ある程度は共通している部分もあるかもしれないけど、違う言語で喋っている可能性が高いんですね。例えば英語と日本語であれば、同じ概念であっても違う単語を使って意味を表したりしますよね。そのように、脳の中でも、どのニューロンが「犬」でどのニューロンが「猫」なのかが人によって違っている場合や、あるいは、この人の脳内にある概念が別の人にはない、といった場合が沢山あると思うんですよ。

松島:なるほど。同じプロンプトを入れても、AIによって出てくるものが違うのと同じイメージですね。

金井:はい。それに対する我々の理論的アプローチとしては、脳と脳の翻訳にAIを利用することが有効だと思っています。AIのディープラーニングでも、同じことを学習させてもプロセスが別々だと中身が違ってくるので、まずは言語翻訳に使うニューラルネットワークを使って異なるAI間を翻訳する研究に取り組んでいます。その延長線上として、最終的には実際の神経活動で異なる脳同士の概念や世界モデルを翻訳する際にもAIが応用できるのではないかというのが、今の我々の考え方です。

 異なる人同士が自然言語でコミュニケーションできるわけですから、同じような意味作用を共有しているはずですし、どこかが似ている脳の何らかの構造があるはずなんですよ。それがどういう対応なのかを見つけることで、意味を操作するための情報理論を打ち立てられないかといったことを考えています。今までつながっていなかった人同士をつなぐための脳の標準化プロトコルみたいなものがあるとすれば、それを見つけていきたいなと。

ムーンショット目標1金井プロジェクトコンセプトムービー。 脳の環世界の違いが感じ取れるようなパフォーマンスも
「∂stone / ∂x」(ムーンショット目標1金井プロジェクトコンセプトムービー)
(YouTubeチャンネル「ムーンショット金井IoBプロジェクト」より)

松島:そうやって脳を直接つなげるブレインネットみたいな想像力は、サイバーパンクなどのSFでも繰り返し描かれてきましたし、すべてがつながって1つになるワンネスを志向するインターネットの源流みたいな思想にもつながっていて、人間の根源的な欲求なのかもしれません。ただ、そのハードルは想像以上に高い気がしていて、たとえばヴィトゲンシュタイン※2は「もしライオンの言葉を話せたとしても、私たちにはその意味を理解できないだろう」と言っています。要するにライオンと人間では環世界が違いすぎるので、言語としては分かったとしても、それが何を指しているのかを実感することはできないのではないか、という話です。そう考えると、そもそも脳がつながった時に、人間同士でさえどこまで相互の環世界を標準化できるのか、できないのかという論点にはすごく興味があります。

金井:そこは本当に興味深いところですよね。我々も手探りを始めたばかりなので、どこまで見通しが立つかはまったくわからないのですが、他の動物にしか感じられない環世界を理解はできずともその片鱗(へんりん)をのぞくツールとして、何らかの知見が得られる可能性はあるかもしれません。たとえば意識研究の領域では、もしコウモリになったらどう感じるか、といったことがよく議論されています。コウモリが超音波を発してエコーが返ってきて、それで空間を認識したら、それは「見た」感じなのか「聞こえた」感じなのか、どちらになるのかということは意識研究者の間でも永遠の謎とされています。でも、「実際に脳をつないでみればいいじゃない」ということになったときに、何が分かってどんな謎が解けるのか。とにかくそれを実際にやってみて確かめようというところまでは、なんとかたどり着きたいなと思っています。

BMI-CAはメディア社会のどんな可能性を切り拓くのか

─そういう形で、BMI-CAをコミュニケーションメディアとして活用する道筋ができたとして、それが現在の社会が抱える限界や問題を解決して、より良い世界を築くという観点から、どのような可能性が考えられると思いますか? かつては世界中の人々をつなぎ、個人の創造的な可能性を解放すると思われていたインターネットの理想が、ここ近年は巨大プラットフォーマーによる情報フィルタリングやエコーチェンバー化などの負の側面が大きくなり、人々の分断を助長する弊害の方が増大しているとも言われています。そうしたメディアコミュニケーションと社会をめぐる問題に対して、どんな克服の仕方の可能性があるのか、2人の展望があればお聞かせください。

松島:これは『WIRED』でもよく書くことなんですが、おそらく今はメディアをめぐるパラダイムが、2次元から3次元へと大きく変わろうとしている。これまでは紙媒体にしても、PCやスマホや映画館のスクリーンにしても、僕らが生きている3次元の世界の体験を2次元にパッケージングして伝えることがメディア技術の本質だったのが、これからは3次元の情報を3次元のまま扱えるようになってきているわけですよね。メタバースやBMI-CAはまさにそれが典型的に現れている技術なので、これは人類史の中で大きな転換になるのだろうと思っています。

 ここでまたマクルーハンに戻るのですが、グーテンベルグが活版印刷で本を作ったことによって、口承ではなく書物で人々に伝承できるようになり、それまで教会が独占していた知識や宗教的権威が解放された。そして、個々人が「内面」を獲得して国民国家が生まれ、さらには資本主義や科学技術を駆使する近代社会の発展につながった。もちろんそこには未曾有の世界大戦や環境破壊といった負の側面もあったわけですけど、メディアの発明というものはそれくらい大きく人間の社会を変えてきました。

 そうした変化に匹敵するような、個々人の意識から社会構造全体に至るまで大きくモードチェンジするような状況がメディアの3次元化によって引き起こされるはずです。それはワクワクすることだし、その功罪両面を見据えながら功の面をどう大きくしていけるかを、これから100年くらいかけて探していくことになるのではないでしょうか。

金井:松島さんが今おっしゃったメディアの発展って、コミュニケーションのモダリティーが増えていくことだと言い換えられると思うんですよね。書物は主に文字を媒介としていましたが、スマートフォンには画像も映像もあって、媒介されるメッセージの質感が人間の身体にとってリッチなものになってきた。BMIを使うと、その次のものがあるかもしれないという感じはします。言語化・映像化できない直感的な感覚みたいなものがもっと共有されていくことになるでしょうね。

 その時に何が起きるかというのを空想するのは面白いですが、実際には分からないなという感じはします。まず本当に役に立つのかも分からないし、人間の感情やモチベーションに関する部分を直接操作できるようになったりすることには、明確に歯止めをかけなければいけないと思います。ムーンショット目標1としても、そうした倫理的な部分については、課題推進者の1人である慶應義塾大学法学部の駒村圭吾先生を中心としたセクションで、法制度や社会の面でどう対応すべきかという検討も同時並行で進めています。

松島:言語化・映像化できない前意識的な感覚を共有することには、本当に大きな可能性を感じるし、また同時に倫理的な取り組みが重要なのはおっしゃるとおりだと思います。そこに希望を見いだすとするなら、視覚ベースの2次元的なメディアがスクリーンによって自分と向こう側を隔てる境界にもなっているとするなら、そこにもっと身体的というか3次元的な直接体験が加わることによって、コミュニケーションの偏りやひずみを補正する、より望ましい方向にメディアコミュニケーションの質を高められる可能性は確実にあると思います。

 たとえばスタンフォード大学の「Virtual People※3」と呼ばれるコース内では、VR技術を使ってマイノリティーになって街を歩いてみることで、マジョリティー側の生徒たちの共感度を高めようとする研究がありますよね。その延長線上に考えれば、さっきの環世界の話題にあったように、これからのポスト人新世※4の時代にあっては、人間以外の動物や植物の立場になる視座を獲得していかないと、地球規模での共生はなかなか難しいかもしれない。そうなったときに、実際に人間以外の存在そのものの「身になる」ことができるBMI-CAというのは、人類が多種の環世界的・アニミズム※5的な視点というものを得るようになる一助にもなるだろうという期待を持てますよね。

金井:BMIを介して人間がインターネットに接続する世界がくると、ネット全体が超巨大な1つの脳のようになっていく可能性があります。ムーンショットの研究では、脳と脳をつなぐという野望をもって取り組んでいますが、これは実は我々の脳の中ではすでに起きていることです。例えば、右脳と左脳は別々の脳ですが、脳梁(のうりょう)という高帯域の配線で直接つながっているから、頭の中には右の自分と左の自分がいるのではなく、1つの意識で統合されています。今後、テクノロジーによって、自分と他人の脳の間が同じようにつながることが実現すると、自分と他人の境界もなくなってしまうかもしれません。
 
 言語を介したコミュニケーションでは、今でも同様のことが少なからず起きています。情報過多の世界では、一気に拡散する情報を同時に受け取った人たちの間で、個別性が失われています。マスメディアの時代には、皆が同じテレビを見るしかなかったのに対し、インターネットの登場で、そこから自由になれるはずという期待が我々にはあったのだと思います。でも、現在では、情報のクラスタリングが容易に起きてしまっていて、Twitterなどを見ても、世の中にたくさんの人がいるはずなのに、同じニュースを見て代わり映えのない感想をつぶやいています。

 現在の人間の弱点は、コミュニケーションが基本的に言語ベースなので、文字を読んだり話を聞いたりと言語を介した、極めて遅い方法でしか理解できないことかと思います。これが、BMI-CAによって、AIや他の脳と直接コミュニケーションができるようになることで、数万倍から数億倍の速度で情報を理解できるようになれば、人間自身の知能も拡張され、さらに新しい人類の未来が生まれてくるのではないでしょうか。


※1:生物それぞれが、主体的に構築した世界のこと。ドイツの生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱
※2:ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。19世紀を代表する哲学者として知られる。主な著書に『論理哲学論考』『哲学探究』など
※3:米スタンフォード大学が実施しているコース。2021年、本コースにVR技術が導入され、講師と生徒は夏・秋のクォーター合わせて約200,000分以上もの間、VR環境で活動した
※4:人新世は、人類の活動や産業技術が地球に大きな影響をもたらした現代を指す言葉。ドイツ人化学者パウル・クルッツェンらが考案
※5:宗教の起源とされる信仰形態の一種。自然界のあらゆるものに霊魂があるとする信仰を指す

前編はこちら

インタビュー・文:中川大地
写真:中村寛史


関連サイト:ムーンショット目標1研究開発プロジェクト「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放」
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